2022年5月に読んでおもしろかった6冊の本と、1本の映画と、その他もろもろ
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2022年5月版です。新刊2冊の執筆が一段落しまして、今月は21冊ほど読めました。まぁ6月からまた別の執筆が始まるんですが……。
脳は世界をどう見ているのか 知能の謎を解く「1000の脳」理論
「無(最高の状態)」で「ヒトの脳ってのはずーっと世界のシミュレーションをしているよ!」って話を紹介したんですが、そのときに脳はどうやって情報を処理しているのか?ってとこは深掘りしなかったんですよ。本筋から外れちゃうし、そもそもよくわからないとこが多いので。
で、本書は、この脳の働きを「座標で処理してるのでは?」ってアイデアをもとに解き明かしてくれてて、なるほどねーって感じでありました。というと、マニアックな内容に思われそうですが、このシンプルな考え方によって、ヒトの記憶や学習のメカニズムまで話を広げていて、説明力の高さにめちゃくちゃ驚きました。確かに「記憶」みたいに複雑な現象も、座標だと考えると話がシンプルになるんですよね。
ちなみに、本書は後半で「脳の情報をアップロードして永遠の生命を得られるか?」ってとこまで踏み込んでいるんですが、「脳をアップしても結局自分は死ぬからなぁ……」とか「脳をアップしても身体ってハードがないから、それはまた別物になっちゃうよなぁ……」みたいな議論が展開されてておもしろかったです。
OPEN(オープン):「開く」ことができる人・組織・国家だけが生き残る
著者は「進歩: 人類の未来が明るい10の理由」で有名な先生で、一貫して「問題がありつつも世界は着実に良くなってるよ!」って主張を展開しておられます。本書もその流れにつながる一冊でして、「他者に開いて多様性を担保できる個人や組織ほど成功するのだ!」って話がメイン。多様性の重要さは昔から言われてることではありますが、本書は「それにもかかわらず多くの人が多様性を嫌う理由」まで踏み込んでいて、ここがおもしろポイントですね。
扱われる内容は歴史のデータがベースなので、ラボ実験を好むような方にはアレかもですけど、読んで損のない考え方が展開されてて勉強になりました。
人は2000連休を与えられるとどうなるのか?
仕事をやめて居候生活に入った筆者が、2000日にわたってなにもせずただ自己を分析しつづけた様子を描いた一冊。もとになったWeb記事は2016年の当時から「オモロ!」と思ってたんですけど、ようやく書籍化されて慶賀のいたりであります。
で、本書はひたすら「自己」に挑み続けた結果、さまざまなネガティブ感情を経た結果、少しずつ自分の感覚が解体されていく様子をソリッドに分析していて素晴らしいです。「無(最高の状態)」で取り上げた自己の解体に近い感覚が描かれてますんで、「無」を楽しく読めた方であれば本書も超楽しく読めるはず。一方で、すぐにメリットを得られるような本でもないので、そこらへんが好きな方は他を当たってください。
ちなみに、誰でも2000日を与えられれば、本書と似たような感覚が得られるわけでもないので、そこはご注意ください(というか、下手に同じことをするとスキゾっぽくなって終わるだけの人も多いはず)。この筆者さんは、元から徹底した分析と記録癖があるようで、それが最後に自己の解体に繋がってる感じっすね。
妻はサバイバー
性被害のトラウマに苦しむ奥さんが摂食障害になり、そのうちアルコール依存、水中毒などを経た結果40代で認知症を発症。その姿をもっとも身近で見てきた夫が、20年の苦闘を描き続けた一冊。本当はいくらでも書くことがあるはずが、150ページもいかない分量にまとめられていて、この削ぎ落としぶりに凄みを感じました。
内容は壮絶の一言で、読み進めるのが辛くなりつつも、読書が止まらず1時間ちょいで読了。その過程で、精神病ケアのすさまじさはもちろん、普段はまったく見えない社会の差別感情まで描かれていて、これが切ないんですよ。最後にはささやかな平穏が訪れるんだけど、「あー、こういう風にならないと救われないのか……」って展開で、これも切なさ爆発であります。「人間仮免中」とならんで、世に書き残してくれたのが、まことにありがたい一冊ですね。
プロジェクト・ヘイル・メアリー
目が覚めたら謎のベッドの上!記憶がない!周りには2つの死体が!というオープニングから引き込まれるハードSF。ソリッド・シチュエーション・スリラーみたいな始まり方から、すぐに「地球が滅亡だ!」って壮大な話になり、そこから異星人との邂逅SFに切り替わり、さらには異文化理解を軸にしたバディものに変わり、最後は泣かせる展開に進んでいく豪快な話で、エンタメを追求しまくった内容にシビれました。
頭が良いキャラたち科学的を生かして絶体絶命のピンチを乗り越えていく様子も好ましく、よほどSFが苦手でなければお楽しみいただけるんじゃないかと。
秋葉原事件 加藤智大の軌跡
「秋葉原通り魔事件」の犯人を、生い立ちから犯行当日まで徹底的に追いかけるルポ。無闇に犯人の心理に踏み込まず、ひたすら丹念に環境と行動を追うことで、自然と人物像を浮かび上がらせていく感じになっているのがいいですねー。そのおかげで、月並みながら「この犯人は自分のなかにもいる!」って気分にさせられたのと、「現代の社会問題の多くは『他人に相談できるのにしない!』ってとこから起きてるよなー」って感想を持ちました。
トップガン マーヴェリック
超満足。最初のトップガンは「恋愛MV映画」とか揶揄されたもんですが、今作はスピードとG値の表現はすごいし、ストーリーもベタな展開を端正にまとめて無駄がないし、ジョセフ・コシンスキーさんの 「泣き」と「アクション」の演出は冴えてるしで、個人的には前作の100倍ぐらい良かったです(前作ファンにはすんませんが)。今年の大作は、これを見ずして何を見るというのか。
というわけで、今作はできるだけ大きな画面と音響が良い劇場で観るのがお勧め。続編の企画を36年も寝かし続けたうえに、還暦間近でF-18に乗っちゃうトム・クルーズ先生には頭が下がるばかりです。
その他、良かったもの
- 硝子の塔の殺人:ミステリマニアによるミステリマニアための一冊。江戸川乱歩生まれ新本格育ちな私としては、おおいに楽しませていただきました。とはいえ、マニアックになりすぎず意図的に間口を広げるような書き方がされていて、このバランス感覚の良さが勉強になりました。
- 超入門!現代文学理論講座:文学理論の本はいろいろ読んでるものの、これが一番わかりやすい印象ですね。その分、取り上げられている理論の数は少なめなのと、やっぱり「これを学ぶことで読書が楽しくなるよ!」ってのがもっとわかればいいなぁ……といったところ。
- TITANE/チタン:車フェチの女性シリアルキラーが、車の子供を産むまでを描く話……というとワケがわかりませんが、アート系フェティッシュ映画として良い出来でした。個人的にはクローネンバーグ先生のほうが好みながら、変態フェチ系映画がお好きな方なら楽しめるんじゃないかと。
- ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス:MCUはほぼ追ってないですが、サム・ライミ好きなんで鑑賞。何の予習もしなかったので登場キャラが把握できなくて困りましたが、ライミ節は堪能できました。ただ、結局はゾンビ映画のライミ先生が好きですが…。