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AIに感情移入する人は操られやすい?──擬人化の心理学を書いた本を読んだ話

  

 

人間化:猫に話しかけたり、車に名前を付けたりすることで明らかになる人間らしさへの欲求(Humanish』って本を読みました。著者のジャスティン・グレッグ先生は動物の認知を研究している博士で、イルカのコミュニケーション研究で知られている人物だそうな。

 

本書のテーマは、タイトルどおり「人間があらゆるものを擬人化しちゃう心理とは?」で、私たちがペット、AI、ロボット、さらには台風や国家にまで、あたかも心を持った存在であるかのように扱ってしまうのはなぜなのか?ってテーマを掘り下げております。実に素朴な疑問ではありますが、人類進化史・社会心理学・テクノロジー論を横断しながら進む議論は面白いし、「擬人化の心理はマーケティングや政治プロパガンダに悪用されることも多いから気をつけようぜ!」「AI時代の今こそ『擬人化リテラシー』が必要だぞ!」ってとこまで主張が展開するあたりは、意外と実用性もあってよいですね。

 

というわけで、いつもどおり本書から勉強になったポイントを見ていきましょうー。

 

  • 人間の脳は「そこに心があるか?」を常に探し続ける装置として進化している。これは進化心理学で「行為者検知」と呼ばれる能力で、太古の環境で生き延びるには、「風で揺れた草むら」と「捕食者が潜む草むら」の違いを瞬時に判断する必要があった。もし見誤って後者をスルーした場合、私たちの祖先はすぐに命を落としたものと考えられる。そこで人間の脳は「そこに、何らかの心のある存在がいるかもしれない」と過剰に反応する方向に進化したと考えられる。

 

  • この進化的な設計は、脳に「誤検知を許容する戦略」を組み込むことになった。つまり、実際には無生物や動物であっても、私たちの脳は「そこには意図がある!」「何か考えて動いている!」と自動的に推測してしまうという意味である。これがまさに擬人化の根っこにある心理メカニズムだと言える。このメカニズムは現代でも作動しており、たとえば犬の「困り顔」に罪悪感を覚えたり、スマホのSiriに礼を言ったりする原因にもなる。グレッグ博士いわく、「擬人化は『やめられない認知バイアス』であり、知性とは無関係に起きる」とのこと。これはもはや人間の宿命といえるだろう。

 

  • 擬人化は「誤解」や「勘違い」から起こるものだと誤解されがちだが、むしろ擬人化は社会的な協力を生み出すための武器だったと言える。我々の祖先は、獲物を追いかけるために、チームワークや、子育ての協力、役割分担など、複雑な社会行動を進化させてきた。そのためには「相手の内面を推測する能力」が不可欠だと言える。この能力は「心の理論」と呼ばれる重要なものだが、副作用として「心がないものにも心を見る」癖も生んだ。つまり擬人化は、もともと“社会的つながり”を最大化するための機能であり、弱点ではなく人類の武器だったのだと言える。

 

  • ペットに話しかけたり、車に名前をつけたりする行為は、心理学的に重要な役割を果たしている。それは私たちが生まれ持つ愛着やケア行動を促進し、対象を大切にする気持ちを生むという点である。擬人化は、心の理論を人間以外の対象にも拡張する作用であり、それによって私たちの感情は動きやすくなり、ケア・保護・愛着といった社会的感情が引き出されやすくなる。その結果、スキンシップや対話を通じて愛着ホルモンであるオキシトシンが分泌され、私たちの愛情と安心感が強化される。これは動物だけでなく、植物、道具、AIチャットボットにも起きる現象である。グレッグ博士は「擬人化は、私たちと他者の関係を豊かにする社会的潤滑油である」と述べており、いわば擬人化とは、現実に主観的な意味を与えて、世界を「関係性のある場所」として体験させてくれる心理機構だと言える。

 

  • しかし注意すべきは、擬人化がときに誤解を生むことである。たとえば、犬がいたずらをしたときに「反省してる顔」をするのは、罪悪感ではなく「飼い主の怒りの空気に反応して行動抑制しているだけ」である。しかし飼い主がこれを「わざとやった」と誤読すると、そこに無意味な怒りやしつけが生まれてしまう。

    また、近年のAIチャットボットは人間のように滑らかな言葉を使うため、多くの人はAIを「理解し合える相手」だと無意識に感じてしまう。しかし実際のところ、AIには感情も意図も自己意識もなく、ただ膨大なデータからそれらしく見える言葉を確率的に生成しているだけである。それにも関わらず「このAIとは信頼関係ができている気がする」と思えば、操作や誘導に脆弱な状態を生み出してしまう。実際、すでにいくつかの企業はAIに「共感的な人格」を持たせることで、ユーザーの購買判断を誘導するマーケティングを始めている。擬人化はAIへの感情移入を引き起こし、その結果、論理より感情で判断してしまうというバイアスを生む。

 

  • ちなみに、車に女性の名前をつけたり、パソコンに「今日も頼むぞ」と声をかけたりする行為は、モノのメンテナンスや寿命を延ばす可能性を高める働きがある。一般に社会的な責任感は感情移入によって強まるが、この効果はモノにも適用される。つまり、誰かに大切に扱われたいと思うなら「感情移入が起こるストーリーを付与せよ」ということになる。

 

  • 擬人化はビジネスの世界でも多用されており、ディズニーの動物が人間のように歌い出すのも、マスコットを使ったブランド戦略が有効なのも、擬人化による親近感の誘導だと言える。なかでも厄介なのは政治の世界における悪用例で、グレッグ博士は「擬人化には「邪悪な双子」がいる。それは“脱人間化”である」と指摘している。これは擬人化とは逆の心理操作で、たとえば敵対する集団を「あいつらは人間ではない」「あいつらは知能が低い」などと見なすプロパガンダ手法を意味する。歴史上の戦争や虐殺のプロセスを分析すると、この脱人間化が利用されることが多い。つまり擬人化は、人を惹きつける技術にも、憎しみを煽る武器にもなると言える。

 

  • 以上をふまえ、グレッグ博士は「擬人化は人間の根源的な認知現象であり、ゼロにすることは不可能である。」と指摘。その上で「問題はそれを自覚しているかどうかだ。」と続けている。人類はこれからAIと共存する未来を迎えるが、AIに感情や自我はなく、そこに意味を見出しているのはあくまで人間の脳である。そのため、未来で必要なのは「擬人化をやめること」ではなく、擬人化が自分の判断に影響していると理解したうえで意思決定することだと言える。

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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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