呼吸だけで「幻覚体験」に近い境地へ?高速ブレスワークが脳と体にめっちゃ良いかも
「呼吸法」というと、多くの人はヨガや瞑想で行う「深呼吸」や「腹式呼吸」を思い浮かべるでしょう。そのメリットとしては、ストレス解消、リラックス、集中力アップみたいなイメージが一般的っすね。
その流れで、海外で近年じわじわ人気を集めているのが「高速ブレスワーク」ってやつです。その名の通り、意識的に呼吸を速めて、全身で息をするように行う手法のことでして、これをやった人は、
「幻覚剤を使った時の感覚を得られた」
「至福感に包まれ、世界と一体になった」
「押し込めていた感情が解放されて号泣した」
みたいな感じで、ちょっと引きそうな効果を得られたって証言が多いんですよ。おもしろいですねぇ。
が、こうした主観的な報告は昔からあったものの、いままでは「科学的な裏付け」がほとんどなかったのが難点。そこで近ごろ新たに出た研究(R)は、この謎の体験がどれだけ事実なものなのかを解き明かしてくれていて勉強になりました。
そもそも「高速ブレスワーク」とはなにか?
ここで調査されたのは、「高速ブレスワーク(high ventilation breathwork)」ってやつです。そのやり方をざっくり言うと、
口を大きく開けて吸う
吐くときはためらわず勢いよく
吸って吐いてをノンストップで繰り返す
音楽のリズムに合わせて呼吸のテンポをどんどん上げていく
というシンプルなものです。実際のセッションで流れる音声ガイドも紹介しておくと、
「口を大きく開けて、全身で吸って! 吸いきったらすぐ吐いて! 止めないで!」
「音楽がどんどん盛り上がっていくから、リズムに任せて。感じるままに呼吸して!」
みたいな感じです。テンション高めひたすら呼吸に没頭するタイプの呼吸法なわけですな。
この呼吸法を調べるために、研究チームは普段からブレスワークのトレーニングを積んでいる男女31人を集め、3つの実験を行ってます。
オンライン実験(15人):Zoom的な環境でガイドを流し、家でも同じ体験ができるかを検証。
脳血流測定(19人):特殊なMRIを用い、呼吸中の脳血流の変化をチェック。
生理反応測定(8人):心拍変動などを計測し、自律神経の変化を確認。
それぞれの呼吸法セッションの前後にはアンケートを行い、気分や体験の質をチェック。高速ブレスワークでどのような変化が見られるのかを調べたんだそうな。
体験の共通項は「海洋的無限感」
でもって、参加者たちが、どのような状態を最も強く報告したのかと言いますと、研究チームの表現によれば「Oceanic Boundlessness(海洋的無限感)」だったそうです。わけわかりませんね。
これは心理学的に定義された変性意識の一種で、
自分と世界の境界がなくなるような一体感
深い至福感や精神的なつながり
感情の解放、スピリチュアルな没入感
みたいな状態を意味しております。ちなみに、海洋的無限感に入った人たちは総じてネガティブ感情が減り、身体的な不快感が多少あった程度で恐怖やパニックのような副作用は報告されなかったとのこと。つまり、海洋的無限感は、激しい体験でありつつも「安全に多幸感を味わえる」ことが示されたわけですね。
さらに研究チームは心拍変動(HRV)も計測してまして、自律神経にはどのような変化が起きたのかも調べております。そちらの結果も見てみますと、
呼吸中に交感神経が優位にシフトしていた(いわゆる“戦闘モード”に切り替わっていた)
心拍が規則的になり、興奮状態を示すパターンに
この変化が「海洋的無限感」の強さと比例していた
だったそうです。簡単に言えば、「体が戦闘モードに入るほど、意識は至福モードに入る」という逆説的な関係が浮かび上がったわけです。
これはちょっと不思議な感じもしますけど、おそらくおおよそのメカニズムとしては、以下の流れが考えられるかもしれません。
- 脳血流が全体的に減る:呼吸を速めると血中の二酸化炭素が減り、その結果として脳血流が減少する。
- 島皮質の変化が“一体感”とリンク:研究では、左後部島皮質という部位の血流減少が「海洋的無限感」の強さと相関していたため、呼吸で内臓感覚の処理が変わり、それが「自分の身体の境界があいまいになる体験」につながっている可能性がある(島皮質は「内臓感覚のモニタリング」に関わる場所で、心臓や肺の状態を脳に伝える役割を担っている)。
- 扁桃体と海馬では逆に血流が増加:一方、右の扁桃体と海馬では血流が増えていたので、呼吸によって「感情や記憶が強く動き出す」ことが、涙や感情の解放につながると考えられる(扁桃体は感情の処理、海馬は記憶の処理に関わる部位)。
全体的に、高速の呼吸が脳の血流を変えて、そのおかげで情報処理の流れが変わるんじゃないかなーってとこですね。呼吸だけでこういった変化が起こせるのはおもしろいもんですね。
もちろん、この研究には制約もありまして、
サンプル数が少ない(各実験8〜19人程度)
全員が熟練者なので初心者には当てはまらないかも
音楽の効果を除外できていない(呼吸+音楽の複合効果を測っている)
ってあたりは注意しておきましょう。しかし、ブレスワークの意識変化を扱った研究としては貴重な第一歩だし、この手のワークは宗教でも長く使われてきた歴史がありますんで、うまく使えばなんらかのメリットは得られそうな気がしております。たとえば、
「薬を使わないサイケデリック」:幻覚剤が持つ「一体感」「感情解放」の体験を、呼吸だけで再現できる……かも。
感情記憶の処理ツールになる可能性:EMDRやサイケデリック療法みたいに、過去のトラウマや抑圧した感情を呼吸で“動かす”ことができる……かも。
普通にストレス解消になる:人によっては、認知行動療法みたいに頭脳から思考を変えていくよりも、呼吸を使って身体からアクセスした方が楽な可能性がある。
みたいな感じですね。ここらへんは、なかなか他のメソッドでは得にくいところじゃないでしょうか。「瞑想は退屈すぎて続かない」「サイケデリックはハードルが高い」みたいな人も、このブレスワークは役立ちそうであります。
まあ、初心者が独学でやると、めまい、しびれ、過呼吸などが起きやすいんで、試してみたい時は必ず経験者や指導者のもとで行ってくださいませ。あと精神疾患がある場合は、強い反応を引き起こす可能性もあるので、こちらも必ず専門家の指導をあおいでください。私もやってみようかなー。