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言葉の解像度が人生の解像度を決めるんじゃない?みたいな研究の話

 
 

わたくし、拙著「無(最高の状態)」で、こんなことを書いております。

 

「感情の粒度」は心理学の概念で、あいまいな感情をくわしい言葉で表現できるスキルのことです。このスキルが高い人と低い人の違いはこうなります。

 

  • 感情の粒度が低い:なにか嫌なことがあった際に、すべてを「むかつく」や「気持ち悪い」など1〜2つのボキャブラリーだけで表現する
  • 感情の粒度が高い:気分が悪いことに対して、「癇にさわる」「憤る」「いらつく」といった複数の表現を思いつき、その中から一番しっくりくる言葉を選ぶことができる

 

ささいなスキルのように思えるかもしれませんが、ここ数年の研究で「感情の粒度」がメンタルの安定に大きく関わることがわかってきました。「感情の粒度」が高い人たちを調べたジョージ・メイソン大学などのチームは、彼らは総じてセルフコントロールがうまく、アルコールやドラッグに依存しにくいうえに病気にもかかりにくいと報告しています。

その理由は、感情の粒度が高いほど脳が混乱しづらくなるからです。

ひとくちに「嫌な気分」と言っても、そこには必ず無数の濃淡が存在します。状況によって私たちの内側には複数の感情が入り混じり、「怒り」や「悲しみ」といった特定の感情にまとめられるほうが珍しいでしょう。悲しみの交ざった怒りや、焦りにかき立てられた怒り、期待の裏に潜むイラつきといったように、似た感情のなかにもさまざまな気持ちが入り混じるのが普通なはずです。この感情の違いは肉体にも反映され、発汗量の違いや筋肉のこわばりの差となって現れます。

ところが、ここで複雑な感情を「むかつく」だけでとらえると、脳が混乱をはじめます。肉体のセンサーは微妙に異なる感覚データを届けてくるのに対し、あなたの意識はつねに単一の感情として情報を処理するため、そこに食い違いが生まれてしまうからです。

悩んだ脳は情報をうまく処理できなくなり、いつまでもストレス反応を引きずった結果、あなたは「なんだかイライラする」などと微妙な気分を延々と味わうことになります。上司から「明日までに書類を3枚仕上げてくれ」と言われれば困らないのに、ただ「うまくやっておいてくれ」とだけ言われたら途方に暮れてしまうのと似た状態です。

 

要するに、自分の感情を正しく言語化できる人はメンタルが強いよ!って話でして、これは近年の心理学界隈でめっちゃよく耳にするところです。

 

で、新しい研究(R)も同じようなポイントを調べたもので、メルボルン大学のチームは、上記の考え方を「エモーション・ディファレンシエーション(emotion differentiation)」と呼び、その効果をチェックしております。直訳するなら、感情の識別力ってところでしょうな。

 

研究チームは、この能力を「『自分はいま何を感じているのか?』を正確に言葉にできる力のこと」のように定義。その上で、オーストラリアとベルギーの一般成人を対象に、14日間にわたってその時々の感情をスマホで記録してもらったんだそうな。

 

たとえば、「友人からのLINEが何日も返ってこない!」みたいな状況があったときに、

 

  • 悲しい(拒絶された気がする)

  • 怒っている(無視されてムカつく)

  • 心配している(何かあったんじゃないか)

 

みたいな感じで、「その時に自分がどんな感情を一番強く感じているか?」ってところを記録し続けてもらったんですね。

 

その結果、どんな傾向が見えてきたのかと言いますと、

 

  • 感情の識別力が高い人ほど、ネガティブな気分を“行動の燃料”に変えるのがうまい!

 

だったそうです。この能力が高い人は、落ち込んだときでも「この気分をどうやって使えるか?」を考える傾向があり、そのおかげで前向きに対処するケースが多かったらしいんですな。具体的には、

 

  • この感情は何かを達成するために使える!(パフォーマンス動機)

  • この感情は何かを学ぶために使える!(学習動機)

  • この感情は人間関係を良くするために使える!(ソーシャル動機)

  • この感情は自分を成長させるために使える!(ユーダイモニック動機)

 

といった目的を意識して、感情を“道具”として扱うのが上手かったんだそうな。こいつはなかなか示唆的な見解ですな。

 

ここで面白いのは、研究チームが「この効果は、その瞬間の感情をリアルタイムで識別したときにしか見られなかった!」と指摘してるところです。つまり、感情の識別の効果を得るためには、ネガティブな気分に襲われた“その瞬間”に立ち止まって、「これは怒り? 悲しみ? それとも不安?」と自問するのが大事ってことですね。この“数秒のポーズ”によって感情が整理され、前向きな行動への橋渡しになるのではないか、と。

 

とはいえ、「感情を識別する」なんて急に言われてもピンと来ないかと思いますが、基本的には以下のようなポイントを心がけておけばOKであります。

 

  1. 感情にラベルを貼る:嫌な気分を感じたら、「怒り」「悲しみ」「不安」など、ひとまず単語で表す。識別の能力を高めるための超基本。

  2. 身体の反応を観察する:怒っているときは肩がこわばる? 不安のときは胃が重くなる? みたいに身体感覚と感情を結びつけることで、識別精度が上がる。

  3. 感情の“目的”を問う:その感情が伝えたいメッセージは何か? みたいに考えてみるやり方。たとえば怒りなら「自分の境界が侵された」、悲しみなら「大切なものを失った」みたいな感じで答えを考えていくとよし。

 

ってことで、ネガティブな感情はただの邪魔者ではなく、私たちに「何かを変えたほうがいいよ!」と告げるサインなので、そう思った上で感情の言ってることを聞き取るのが大事だよーってお話でした。次に落ち込んだときは、焦らず「今、自分は何を感じているのか?」を丁寧に言葉にしてみてくださいませ。これがうまくなると、感情に振り回されることなく、むしろ感情を味方につけられるようになるはずなんで。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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