「いい人」でいすぎると、自分を見失う?──“フォーニング”という生き残り戦略について語った本を読んだ話
https://yuchrszk.blogspot.com/2025/09/blog-post_30.html
「いい人すぎ(fawning)」って本を読みました。著者のイングリッド・クレイトン博士は臨床心理士で、EMDRなどを使ったトラウマ治療にくわしい人なんだそうな。
で、このタイトルのフォーニングってのは、最近の心理学でよく見るテーマで、ざっくり言えば「いい人すぎる」状態のことです。これをお読みの方のなかにも「断れないんです」「人に合わせすぎて疲れます」みたいな悩みをお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、最新の心理学には、この状態を単なる性格の問題ではなくトラウマ反応とみなす考え方があるんですな。つまり、いい人すぎるってのは、「気が弱い」とか「八方美人」のようなレベルではなく、私たちの神経系が「生き残るために仕方なく選んだ戦略」なのだと考えるわけです。
まあフォーニングはまだ研究の蓄積が少ない考え方なので、本書の内容も著者の主観が混じるところも多いんですけども、いろいろと勉強になる一冊でありました(というか、自分に思い当たる節が多すぎて困った)。ということで、いつものように本書で勉強になったポイントをまとめてみましょうー。
- 「フォーニング」は、第4のトラウマ反応である。トラウマ反応といえば、まず思い浮かぶのが「戦う(fight)」「逃げる(flight)」「固まる(freeze)」の3つだが、複雑性トラウマ(幼少期のトラウマや慢性的ストレス)の場合、これらが使えないことが多い。それというのも、
6歳の子どもが親に反抗して「戦う」のは無理
家庭から「逃げる」ことも現実的じゃない
「固まる」だけでは長期的に対応できない
という理由があるからである。そんなときに神経系が編み出すのが フォーニングである。これは、「相手に気に入られることで、安全を確保する」反応だと言える。
- フォーニングの例を挙げると、
嫌な上司のセクハラまがいの発言を、無理して笑って流す
自分の意見を抑えて、職場の空気に合わせ続ける
親の理不尽な行動を「仕方ない」と正当化する
といったものがある。これらはすべて「衝突を避けるために生まれたサバイバルモード」であり、著者のクレイトン先生も、ナルシシスト的な継父との関係で幼少期からフォーニングを使わざるを得なかったと記している。
- ピープル・プリージング(他人を喜ばせようとする行為)は性格ではなく戦略である。フォーニングは性格の欠点ということではなく、子ども時代に身を守るために生まれた適応行動だと考えたほうがよい。実際、発達心理学の研究でも「親の機嫌を読み取る力」がサバイバルに直結するケースは数多く報告されており、たとえば、虐待やアルコール依存のある家庭では、子どもが「親の顔色を読む力」に優れていることが報告されている。これは“卓越した順応(brilliant adaptation)”とすら呼ばれる(切ない)。
- 問題は、大人になっても「フォーニング」の戦略を手放せないことである。その結果として、
常に「他人がどう思うか」を優先してしまう
自分の欲求が分からなくなる
境界線(バウンダリー)を引けない
といった副作用が積み重なり、最後には「自分を見失う」という事態につながってしまう。
- クレイトン博士は、「フォーニングの本質は “self-abandonment(自己放棄)” と強調している。これは、本来の自分──感情、直感、価値観、欲求──を押し殺して、相手に合わせて生き延びようとする戦略を意味している。しかし、これは一時的には自分の安全を確保してくれるものの、長期的には「自分の声を聞けなくなる」という深刻な副作用をもたらしてしまう。心理臨床の現場では、クライアントが「何をしたいか分からない」「人に合わせてばかりで疲れる」と訴えることが多く、その多くがフォーニングの延長線上にあると考えられる。
- では、どうやって「アンフォーニング」から抜け出せばいいのか? ここで博士は「unfawning(アンフォーニング)」というプロセスを提案する。これは「フォーニングをゼロにする」のではなく、「選択肢を増やす」ことが目的となる。具体的には、
・自分に聞く習慣 → 「私はどう感じている?」と小さく確認する
・小さな境界線を引く → 気乗りしない誘いを「また今度」で断る
・不安と危険を区別する → 緊張しても、それが必ずしも「命の危険」ではないと学ぶ
・本音を小出しにする → いきなり大きな対立ではなく、安心できる相手に少しずつ伝える
といった介入が考えられる。こうした小さな練習を繰り返すことで、「自分を裏切らない感覚」を回復していくのが基本となる。
- ここで大切なのは、「またフォーニングしてしまった!」と自己嫌悪しないことである。フォーニングはそもそも安全を守るための知恵なので、状況によっては有効なこともある。最大のポイントは、「常にそれしか選べない」状態から、「状況によって選べる」状態へ移行すること。これが「アンフォーニング」の核心です。
また、フォーニングは決してあなたが弱い人間であることを示すものではなく、環境が生み出した適応反応だと言える。
上下関係が厳しい職場
父権的な家庭環境
差別や不平等が蔓延する社会
こうした場面で「従順であること」が生存戦略だったのなら、それは賢明な選択だったとしか言いようがない。そのため、必要なのは「自己責め」ではなく、「よくぞここまで生き延びた」と過去の自分をねぎらうことである。そのうえで少しずつ、新しい行動を選べるようになればOKと考えたほうがよい。
- 最後に、博士の考えを踏まえて、すぐに取り組める小さな練習を3つ挙げておくと、以下のような感じになる。
日記に「今日イヤだったこと」を書く → まず「気づく」だけでいい
断る練習をする → いきなりNOが難しければ「また今度」で十分
安心できる相手に本音を話す → 少しずつ「声を取り戻す」体験を積む
ということで、個人的にも「フォーニング」が第4のトラウマ反応だって話は新鮮だったし、ピープル・プリージングは欠点ではなく生存戦略だって主張も納得感がありました。この考え方を掘り下げていくのはまだこれからですけども、「いい人でいなきゃ」と思いすぎる人生に疲れている方には、なかなかよろしいのではないでしょうか。