日本のヤクザをオックスフォード大学が分析したらどんな結果が出たのか?という話
「日本のヤクザについてネットワーク分析をしたぞ!」って研究(R)をオックスフォードの先生が出してて、おもしろかったので内容をメモっておきましょう。
で、この研究がフォーカスしたのは「ヤクザの抗争」です。ヤクザと聞くと、私なんかは「血で血を洗う抗争!」「報復の連鎖!」「流血の応酬!」みたいなイメージを浮かべちゃうんですが、果たしてそのイメージは正しいかってところを調べたわけですね。当然、「ヤクザの戦い」を解析した調査は初でして、ホントいろんな研究があるもんですなぁ。
具体的に何をしたのかといいますと、
- 2014年から2019年にかけて、日本全国で発生したヤクザ同士の暴力事件1226件をデータベース化し、これで「マルチレベル・ネットワーク分析」を行った。
みたいになります。ここで言うネットワーク分析ってのは、「どの組員がどの組員を襲撃したか?」ってのを線で結んで、全体の構造を浮かび上がらせる方法になります。この研究では、
- ヤクザの地方組織
- それらが属する全国組織(=シンジケート)
- さらにそのシンジケート同士の同盟関係
みたいに複雑な構造もふくめて分析しているのが大きなポイント。この分析を行うことにより、チンピラ同士の“場当たり的なケンカ”だけじゃなくて、「ヤクザが組織としてどんな意思決定をしたのか?」が見えてくるわけですね。
で、ここで何がわかったかと言いますと、個人的に最もおもしろかったのが「報復の仕方」であります。普通は、襲撃を受けた本人かその仲間が直に仕返しをすると思いがちですが、データを見ると、
- 直に仕返しするケースは全体のたった6%
- 同じシンジケート内の別グループが代わりに報復するケースは最大81%
って感じなんですよ。要するに、A組がB組に攻撃されたときでも、A組が直接B組に反撃することはまれで、その代わりにA組と同じシンジケートに属するC組が報復するパターンが圧倒的だってことですな。直感的には、本人かその仲間が復讐したほうが“見せしめ”の効果が高いような気がしますが、実際には代理を使うほうが普通なわけっすね。
では、なぜこういうパターンが生まれるのかってことですが、研究チームは「ここにこそヤクザの“合理性”が隠れているのだ!」と指摘しておられます。その理由としては、
- 暴力のコストがとにかく高すぎる:まず前提として、ヤクザにとって暴力は“高コスト”な手段でしかない。拳銃の所持は違法だし、殺傷事件はすぐに報道されるし、警察もフル動員で取り締まる。しかも、2004年以降は「使用者責任」が強化され、末端の組員が起こした事件でも、トップに数千万円〜数億円の賠償責任が降りかかるようになっている。一説には「抗争を1回起こすと5000万円から3億円くらいの損害が出る」とのことで、昔みたいに気軽にケンカしてる余裕がない。
- とはいえ、“完全スルー”はメンツが潰れる:ヤクザ社会には「やられたら返さなきゃナメられる」という暗黙のルールがあり、「やられて黙ってたら組が潰れる」との考えが浸透している。そのため、コストはかかるものの「報復しようとした意思を示す」のは、相手への抑止シグナルとして働く。しかし、やられた本人が報復するのは、警察のマークが厳しいこともあり現実には難しい。
- シンジケートの“中央集権体制”:ヤクザの大手は、かなりしっかりしたピラミッド構造になっていて、傘下の組はある程度の独立性があるものの、「外部との抗争」や「新規参入」などの重要事項については、シンジケートの許可が必要になる。つまり、「うちの若い衆がやられたから、すぐに報復!」というのは、組織の方針として“不可”の場合も多く、結果として「仕返しは他のグループに任せる」「全体としてのバランスをとる」といった、ネットワーク全体を意識した報復行動が選ばれることになる。
- “仲直りの儀式”が機能している:ヤクザ社会では、抗争の後には「手打ち」が行われる。これは公開の場で、仲介者の立ち合いのもと、金銭や謝罪の交換がなされるもので、これに違反すると“全組織から敵扱い”されるという厳しいペナルティが科されてしまう。この仕組みによって、「無駄な報復」が起きづらくなっている。
みたいになっております。これらの理由によって“責任の分散とリスクの分散”をせざるを得なくなり、「同じシンジケート内の別グループが代理で報復する」という戦略が取られることになるわけですな。代理で報復することによって「一発だけ返したからお互い手打ちだ!」ってロジックに持ち込みやすくなり、報復が和解を妨げるどころか、和解を可能にするプロトコルとして機能する側面も大きいらしい。よく考えられてますなぁ。
さらには、研究チームによると、このような仕組みは、北米のストリートギャングとは真逆なんだそうな。アメリカのギャングってのは構成員が勝手にやらかすことが多い上に、「仕返しをしないとナメられる!」って文化が日本よりも強いもんで、ガチの仁義なき戦いがはじまっちゃうことが多いらしい。要するに、AがBを攻撃→BがCを攻撃→CがAを攻撃みたいな連鎖が起こり、抗争に歯止めが効かなくなっていくってことですね。
対してヤクザの場合は、上で見たような“防波堤”システムが何重にも設定してあり、暴力の連鎖が発生しにくくなっているとのこと。オックスフォードの先生方から“ヤクザ文化”をほめられる日が来るとは……(ほめてないかもですが)。
まあ、そうは言っても、最近は法規制が強化されたせいで若手の加入が減ってるみたいですし、半グレ組織も台頭してるしで、いまの安定性が高い抗争モデルもどんどん崩れていきそうな気もしております。とくに非ヤクザ系グループには伝統的な「手打ち」がないので、日本も北米化しちゃったらヤダなぁ……とか。