「脳を使うとカロリーを消費する」は本当か?:科学が教える“脳疲れ”の正体
仕事や勉強の後に「今日は一日中座ってただけなのにグッタリだ……」と感じるのはよくあること。私も1日中本にとりかかってたりすると、正直20キロのランニングよりも疲れたような気分になったりします。
で、そんなときに気になるのが、「脳はどれぐらいのエネルギーを消費してるんじゃろ?」って問題であります。よく「脳は一日400kcalも消費してる」といった話を耳にしますし、「将棋のトッププロは一局で体重が減る」なんてエピソードも聞いたりしまして、信じたくなる気持ちもよくわかります。
では、脳の燃費はどんなもんかってことで、新しいレビュー論文(R)がこのテーマを深掘りしてくれてたんで、内容をチェックしてみましょう。
これはPETやfMRIで脳の代謝を調べた過去の研究をピックアップしたもので、だいたいは、
- 数学の問題を解いた後に、脳はどれぐらいのエネルギーを使うか?
- 難しい文章を読んだりした後に、脳はどれぐらいのエネルギーを使うか?
みたいな感じで、難しいタスクをこなした後に、脳の代謝がどれぐらい変わったかをチェックしております。
そこで何がわかったかというと、まず前提として、脳が非常にエネルギーを消費する臓器なのは間違いないところです。重さは体重のわずか2%なのに、1日のエネルギー消費の約20%(約300〜400kcal)を占めてまして、これは脂肪組織(4.5kcal/kg/日)の10倍、筋肉(13kcal/kg/日)の3倍の燃費だったりします。
この点で、脳のエネルギー消費が多いのは事実なわけですが、一方で「頭を使うほどカロリーを消費するのか?」って話になると、ちょっと事情が違ってくるんですね。このレビューによると、たとえば数学の問題を解いたり、将棋を指したり、プレゼンを考えたりといった「目的志向型の思考活動」で増える脳のエネルギー消費量は、わずか5%程度だったんだそうな。
なので、仮に脳が1日400kcalを使っている人がいたとして、この人が1日中ずーっと考え続けたとしても、たった20kcalの差しか出ない計算になるわけっすね。しかも、この「5%」って数字も、実際にはごく一部の脳領域で起きている変化にすぎないと考えられてますんで、脳全体としてはほとんどエネルギー消費が変わらないと言ってよさそうであります。
では、「なんで脳は酷使してもエネルギーを使わないのか?」ってところが気になりますが、その理由をいくつか並べてみると、こんな感じになります。
- ローカル通信で節電:ヒトの脳は、特定の機能に特化した部位(たとえば視覚野、言語野、運動野など)があり、それぞれが短距離で情報をやり取りする構造になっている。この“ローカル通信”は長距離通信よりも最大35倍も省エネなので、ムダなエネルギーを使わない構造になってるそうな。
- スパースコーディング(必要な部分だけ動かす):脳は「必要な神経細胞だけを活性化する」スパースコーディングという仕組みを使っている。たとえば、「猫の鳴き声」を聞いたときに、音声処理に特化した部位だけが起動し、脳全体がフル稼働するわけではない、という感じ。
- 予測コーディング(脳は“予想”で生きている):脳は基本的に、外部の刺激をすべて新規に処理しているわけではなく、予測と誤差修正で処理を簡略化している。たとえば、テレビでスポーツ中継を見ながらスマホをいじっているときに、試合の展開を「なんとなく」追ってるだけでも、脳は「このあとゴール前にクロスが入って……」みたいに予測を立てている。そのため、わざわざ全力で処理しなくても済む。
- メタボリック・スパイキング・ホメオスタシス:脳は常にある程度のエネルギーを使い続けているという特徴がある。つまり、脳は「必要なときにフルパワーにする」のではなく、「常に準備万端な状態を維持しておく」というやり方を取っており、これによって急に複雑なタスクがきても、エネルギーを増やさずに対応できる。
ということで、脳がエネルギーを使うのは間違いないものの、実際にはいろいろと省エネで済ますための仕組みが備わってるわけですね。よくできてますなぁ。
でもって、ここまで聞くと、「脳って全然エネルギー使わないのに、なんであんなに疲れるの?」という疑問が出てくるわけですが、この“脳疲労”の正体については、近年の研究で少しずつ以下のような原因が言われております。
- 疲労の原因は「燃料切れ」ではなく「制御系の乱れ」:たとえば、2008年の研究では、認知タスク(読書や計算)を45分行ったあとでビュッフェ形式の食事を提供したところ、参加者は平均203~253kcalも多く食べたという結果が出ている。ここで不思議なのは、参加者の「空腹感」は変わらなかったことで、これはつまりストレスや疲労による“報酬系の暴走”が引き起こした現象だと考えられる。
- 認知疲労で運動パフォーマンスが下がる?:別の実験では、90分間パソコン作業を行ったあとに自転車の持久力テストを実施したところ、心拍数や呼吸の変化はないにもかかわらず、明らかに疲れやすくなっていた。これは、脳の“やる気回路”や注意システムのバッテリーが切れることで、行動が制限されるのだと思われる。
ということで、基本的に「脳疲労」ってのは脳の燃料切れではなく、制御系の一時的なシャットダウンだってことですね。なので、デスクワークの合間に散歩やストレッチを入れたり、数分ぐらい「オープンモニタリング瞑想(観察瞑想)」を取り入れたりといった介入が「脳疲労」の軽減に効くのは、よくわかる気がしますなぁ。
まあ脳が省エネだとは言え、脳が発している「疲れ」のシグナルは本物なので、「定期的なミニ休憩」や「瞑想」といった小さな工夫を心がけておくと、うまい具合に脳疲労を乗り切れるかもしれませんな。どうぞよしなに。