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ネットで“有名人叩き”が過激化する理由を調べてみたぞ!という研究の話

 
 

「好きだった有名人が、急に許せない発言をした!」みたいな経験は、SNS時代にはわりとよく聞く話でしょう。推していたミュージシャンやインフルエンサーなどが、自分の価値観に反する発言をした瞬間に、「もう無理!」「二度と見ない!」みたいに、一気に感情が冷めるケースがよく確認されてるわけです。

 

で、ここで面白いのが、わざわざSNSで批判コメントを書いたり、皮肉を言ったり、相手をバカにしたりする人が出てくるって現象であります。いわゆるキャンセルカルチャーですね。

 

こういうのを見ると、我々はなんとなく「かわいさあまって憎さ100倍かー」ぐらいに思うわけですけど、最近の研究(R)では、「人はなぜ、好きだった有名人を攻撃してしまうのか?」という問題を掘り下げててタメになりました。

 

この研究が注目したのは、「推しが自分の大事なものを攻撃したらどうなる?」ってポイントです。たんに、推しが不倫した、失言した、態度が悪かった、みたいにスキャンダルっぽい話ではなく、自分の国、民族、宗教、政治的立場、コミュニティなど、自分が人生で大事にしている価値観を、推しが公然と否定したらどうなるか?ってところを調べております。

 

ただのスキャンダルであれば、「まぁ推しも人間だからな……」ぐらいで正当化できるけども、自分の大事な価値観を攻撃された時は「この人が好きだけど、私たちを攻撃している!」って認知の矛盾が起きるので、そのモヤモヤを処理するために、あえて推しを否定する方向へ傾きやすいのではないかと考えられるわけです。

 

ということで、研究チームは、イスラエルで暮らす166人を対象にオンライン実験を実施。これがどんなものだったかと言いますと、

 

  1. すべての参加者に、「イスラエルという国家にどれぐらい強くアイデンティティを持っているか?」を尋ねる。
  2. 続いて、自分の好きな有名人を選んでもらい、その有名人への愛着の強さも調べる。
  3. その後、参加者の一部に、研究チームが作った架空のニュース記事を読んでもらう。その内容は、参加者の好きな有名人が、イスラエルを一方的に非難する発言をした、というもの。

 

みたいになります。そのうえですべての参加者に、

 

  • その有名人の作品を今後も見るか
  • フォローを外したいか
  • 周囲にボイコットを呼びかけたいか
  • 傷つけるようなコメントを書きたいか

 

などを答えてもらい、さらに一部には、その有名人に対するコメントを書いてもらったんだそうな。要するに、推しへの愛着と国家への忠誠心がぶつかったとき、人はどんな反応をするのかを調べたけですね。

 

すると、その結果はかなりわかりやすいものでして、

 

  • 推しが自分の国を攻撃するような発言をした記事を読むと、参加者のネガティブ感情は増加した。怒り、敵意、イライラなどが高まり、ポジティブ感情は下がった(これは当たり前)。
  • コメントを書く機会を与えられた参加者は、ポジティブ感情が回復した。しかも、コメントの内容が攻撃的であればあるほど、ポジティブ感情の回復が大きい傾向があった。

 

って感じだったんだそうな。どうやら私たちは、「推しに裏切られた!」という感情を、攻撃的なコメントとして外に出すことで、短期的には気分が少し楽になるって心理があるみたいですね。ならば、キャンセルカルチャーが暴走するのも当然でありましょう。

 

もちろん、誹謗中傷はよくないんだけど、心理面から見れば、叩く側にもそれなりに内面のロジックはありまして、推しの攻撃に対して批判コメントを書くと、

 

  • 自分は正義の側にいる
  • 自分は仲間を守っている
  • モヤモヤした感情に出口ができる

 

という感覚を得ることができるんですよね。つまり、かつての推しへの攻撃コメントってのは単なる怒りの爆発ではなく、壊れた自己イメージを修復する行為として働いている可能性があるわけですな。より簡単に言えば、「私はこの人にだまされていたわけじゃない!」ってのを確認したいがために、人はかつて好きだった相手を強く否定するってことです。

 

ただし、これが健康的な対処法ではないのは自明で、研究チームも「これはあくまで短期的な感情回復でしかない」と指摘しておられます。怒りを書き込めば一瞬スッキリするものの、これは「また推しを攻撃したい!」って気持ちの呼び水になるだけでして、ジャンクフードやショート動画みたいに欲望の暴走が止まらなくなっちゃうわけですね。なので、攻撃的なコメントってのは、一時的な感情の鎮痛剤でしかないってことですな。

 

では、推しや有名人の発言にムカついたときには、どうすればいいのかってことですが、個人的にオススメしたいのは、

 

  1. なんかSNSに書き込みたいなら、自分の感情にフォーカスして書く:怒りの裏には、だいたい別の感情があるもんでして、「裏切られた」「バカにされた」「仲間を傷つけられた」「自分の価値観を踏みにじられた」みたいな気持ちが眠ってるはずであります。なので、いきなり「こいつ最低」とか書くんじゃなくて、「私はこの発言によって、何を傷つけられたと感じたのか?」をメモしたほうがいいでしょうな。

  2. 「推し」と「作品」と「自分の価値観」を分ける:有名人への愛着が強いほど、その人の発言は自分のアイデンティティの一部になるんだけど、そういう人ほど「その人の作品が好きだった」「その人の一部の価値観には共感していた」「しかし今回の発言には同意できない」みたいに、意識的に切り分けてみるのが吉。これをやっとかないと認知がゼロかイチかになっちゃって、「あの人は神!いや、ゴミ!」みたいな二択になっちゃうんで。

  3. 投稿する前に「これでスッキリするか?」を自問する:怒りの投稿をする前に、「これでスッキリするか?」と自問するのもありでしょう。これで答えがイエスなら、投稿しないほうがいいはずなんで。逆に、「問題点を冷静に整理する」や「自分の立場を明確にする」みたいな投稿なら、まだ建設的なんで良しって感じですね。

 

みたいなところです。ここで大事なのは、怒りを消すことではなく、怒りに使われないことなんで、そこは押さえておきたいところですねぇ。

 

ということで、今回の研究をざっくりまとめておくと、「推しに過剰な攻撃を加えてしまう問題」ってのは、単なる社会正義の問題だけではなく、

 

  • 正義のカオをした感情コントロール手段

 

として機能しているってことになりましょう。もちろん、権力者や有名人の問題行動を批判すること自体に問題はないものの、そこに「自分の気分を回復させたい!」って欲求が混ざると、批判は容易に攻撃へ変わっちゃうので注意したいところです。怒りは前向きなエネルギーになる一方で、同時に自分を消耗させる燃料にもなっちゃうんで。

 

なので、推しが許せない発言をしたときほど、まずは、

 

  • いま自分は、相手を正したいのか。
  • それとも、自分の傷を一瞬だけなだめたいのか。

 

って区別を意識してみるとよさげです。この区別ができるだけで、ネット上の怒りに巻き込まれる確率は、かなり下がるんじゃないかと。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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