2023年7月に読んでおもしろかった5冊の本と、4本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2023年7月版です。ここで取り上げた以外の本や映画については、TwitterやInstagramのほうでも紹介してますんで、合わせてどうぞー。
「わかりあえない」を超える
NVCの生みの親ことマーシャル・B・ローゼンバーグ先生が、「いかに乱暴な言葉を使わずに、わかりあえない相手との理解を進めるか?」って考え方を提示し、それを各所で実践してみせた記録をまとめたもの。NVCの発想そのものはシンプルで、「いかに自分と相手のニーズを察知し、それを受け止めるか?」に尽きるんですが、読むとやるでは大違いで、我が身を振り返っても「これはまったくできとらん!」と思わされてばっかりでありました。
事実、ローゼンバーグ先生ですら時には対話につまづいたりするものの、それでもギャングとの協働に成功したり、政府とバトルしあう僻地の部族と仲良くなったりと、難易度の高いコミュニケーションに成功した際の事例は迫力満点。こんなコミュニケーションができたら、完全に賢者になれるでしょうなぁ。
基本はめちゃくちゃ難しいことを要求してくる本ですが、対人関係におけるマイルストーンのひとつとして押さえてくといいんじゃないでしょうか。
言語の本質
話題作ってことで気軽な気持ちで読み始めたら、「言語とはなにか?」「言語はどのように生まれたか?」って根本の疑問について、豪快な仮説をぶっこむタイプの本でビビりました。その豪快さは「銃・病原菌・鉄」に匹敵するレベル……ってのは言い過ぎかもですけど、最初は「なにそれ?」と思った仮説が、読み進めるにつれて「これぞ言語の本質!」と思えてくる論証のうまさが読みどころですね。
というと、「別に言語の成立なんて興味ないしなぁ……」と思うかもですが、本書の書き方は、「各章の書き出しで提示された謎が、次の章の新たな謎につながる」という本格ミステリスタイルが採用されてまして、構成のうまさでグイグイ読めるようになってたりします。勉強になったなぁ……。
数学が見つける近道
「数学とは近道の技術である!」と定義したうえで、微分や確率といった考え方がどう生まれたかを解き、数学な考え方とはどのようなものかを探る本。デュ・ソートイ先生の本はどれもおもしろいですが、本作は、過去作よりも日常で使える本として書かれているのがナイス。各章の最後には実践的なアドバイスがついており、ここで示される思考のショートカットは、日常生活の様々な分野で応用が効くはずであります。
ちなみに、本書にはほぼ数式が出てこないので、数学が苦手な方でも十分に取り組める難易度になってるはず。物理学や数学の本をたくさん読んでいる人には、おそらく目新しいものはあまりないでしょうが、あらためて数学のおもしろさを知りたい方にはおすすめ。
帰還兵はなぜ自殺するのか
イラク戦争から帰還した5人の兵士を追うノンフィクション。PTSDの存在は誰でも知っているでしょうが、本作は、それが具体的にどのような体験からはじまり、本人はどのような苦しみを抱き、その家族にどのような影響を与えるのかを綿密に提示していて迫力がハンパないですね。
帰還兵たちの日常に居合わせたかのように描く、いわゆる「没入型ジャーナリズム」を貫いた文章が独特で、登場人物たちの辛さを疑似体験させられるかのような読書となりました。おすすめ。
欲望の見つけ方
「私たちの欲望ってどこから来てるの?」って疑問の答えをまとめた本。
その答えは、「我々が欲しがるもののほとんど模倣だ!」というもので、昨今のインフルエンサー商売を見れば、ですよねーとしか言いようがない感じ。要するに、みんな他人との比較で欲望を駆動させられてるんだって話ですね。
というと当たり前のようですが、ここでは、この「模倣で駆動する欲望」が、いかに世の中を動かしているかを詳細に描いていてオモロ。そこから、自分の根っ子から出る本当の欲望に気づこうぜ!と進むあたりも、非常に納得ですね。
まー、その根っ子の欲望を探す方法については、あんま触れられてないんですけど、そこはACTの価値観ワークとかが有効そうかなぁ、と。
君たちはどう生きるか
賛否両論な作品ながら、個人的には、宮崎監督の創作スタンスを描いた映画として楽しめました。おそらく、
- 脳内でイメージや理屈をこねくりまわしている時間が長い人
- なにかを創作して、実際にいくつか作品を仕上げた人
- 会社で後進になんらかの指導をしている人
- 人生の辛さをフィクションで救われたことがある人
- シンプルにイメージの奔流を楽しめる人
なんかには、楽しく見ることができるんじゃないでしょうか。逆に言えば、それ以外の人は、取り残されたような気分になるはずであります。
私の場合は、1番目の「脳内でイメージや理屈をこねくりまわしている時間が長い人」なので、クライマックスでイメージの王国が崩壊するシーンに、めっさ感動させられた次第です。それ以外の映画の解釈についてはインスタに書いてますんで、あわせてどうぞ。
怪物
ある学校で起きたトラブルをもとに、最悪の人間に見えた人も、別の視点から見れば善人だし、また別の角度からはモンスターだし……という展開で進む話。
「怪物はちょっとした思惑のすれ違いの間に生まれる架空の存在だ!」みたいなテーマを、めっちゃ緻密な脚本で描いていて、「おっ、このセリフが後につながるのか!」「さっきの描写は生まれ変わりのテーマにつながるのか!」とか、いちいち感心させられました。いわゆる「羅生門スタイル」に近い作品ですが、実際に見てみると、場面ごとに情報の出し方を細かくコントロールしているのが、「羅生門」との大きな違いですね。このポイントを作為的に感じる人もいそうですが、個人的には、限られた情報をもとに他人を軽くジャッジしてしまい、それが悲劇につながりがちな現代の感覚によくフィットしていると思いました。
が、あまりにいちいち感心させられるので、テクニックに驚いているうちに終わってしまいまして、最後のエモい展開に乗れなかったのが残念でした。もう1回見たら泣くかも。
帰れない山
世界で売れたイタリア文学の映画化。内面では通じ合いつつも違う生き方しかできない2人の男の半生を描いていて、見終わったあとは、本当に個人の人生の一部始終を目撃させられた気分になりました。
「ひとつの山にこだわる男」と「複数の山をさまよう男」が、それぞれの生き方の象徴になっていて、最後には「生き方に正解はないから、とにかく決めた山でどうにかするしかないし、誰にでも帰れない山のひとつやふたつはあるよなー」という、無常観が漂う作りがすばらしいですね。ひたすら美麗な山の映像もよき。
スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース
「こんな表現ができるんかい!」と前作でも思ったのに、今作は倍以上に画面のクオリティが上がって、もはや脳が情報処理できるかどうかギリギリのレベル。
水彩画風、セルアニメ風、ペーパーアニメーション風、パステル調など、異なる画風のキャラが普通に共存する様子はアートの最先端を見せられるようでもあり、同時にこの作風がマルチバースの表現にもなっていて、ずっと感心させられました。
現場は地獄だったでしょうが、久々に作り手の異常な執念を感じる狂気の一作ですね。好き嫌いはありましょうが、映像表現の最先端を走っている作品なのは間違いないので、見ておくと吉。