【質問】生産性を高めるには【努力】と【才能】のどちらが重要なんですか?
こんなご質問をいただきました。
この前のおすすめ本で、「1万時間の法則は近年コテンパンにされている」とありましたが、これは努力よりも才能のほうが大事だということになりますか?
おっしゃるとおり、「2022年9月に買って良かった7冊の本」では「1万時間の法則がコテンパンに」と書いております。1万時間の法則ってのは、「私たちがエキスパートになるには1万時間の練習が一番大事だ!」って俗説(あくまで俗説)でして、一部には「1万時間がんばれば誰でも専門家になれる」といった感じで広まっております。
ただ、この説については、近年になってだいぶ異論が出てきまして、くわしくは「『1万時間の法則』がまたも追試でコテンパンにされてた件」をご覧くださいませ。簡単に言えば、1万時間の法則をあらためて検証してみたら、以下のような結果が出たんですよ。
- 練習の量だけでは、専門家のパフォーマンスの違いのほとんどを説明できない。
- 練習の効果は、結果の予測が難しい専門家(法律家とか医療とか)のほうが影響が低い。
- 過去に行われた研究では、「個人の練習量」を記憶に頼っていたため、練習の重要さが多めに出ていたのだと思われる。
ということで、より正確に計測してみたら、練習は専門家の成績の差の5%しか占めなかったんだそうな。確かに、だいぶ重要度が下がりましたねぇ……。
が、だからといって、この結果をもとに「結局は努力よりも才能が大事なのか……」と落ち込むのは早計であります。というのも、これらの研究ってのは、別に練習と才能の影響を比べたものではないんですよ。
下の円グラフをご覧ください。これは、明るい灰色が「練習による能力の差」を表し、暗い灰色が「他の要因による能力の差」を表しています。
グラフからもわかるとおり、ゲーム・音楽・スポーツのようにルールが明確な技能は割と練習が大事なんだけど、それ以外の専門職や教育については、練習の影響度はとても低くなっちゃうわけですね。
ただし、ここで言う「他の要因」ってのは、研究のなかでも明確にされておらず、たとえば以下のような要素が考えられます。
- 身体的な特徴(背が高いとか)
- 性格
- IQ
- 想像力
- 創造力
- 努力できる能力
- モチベーション
- 情熱
- インスピレーション
- 運
- 周囲のサポート
いろいろ並べましたが、これらもあくまで「他の要因」の一部に過ぎないのでご注意ください。こうして見ると、どの特徴にも遺伝で決まる要素と、その後のトレーニングや環境でも決まる要素がありまして、「練習以外の残りは才能で決まる!」と言うのは不可能なんですよ。
つまり、高い業績を達成するエキスパートたちは、多くの個人変数と環境変数が複雑にからみ合ってるし、それらが非線形で相互に強化しあい、微妙な変化をもたらしあってるしって感じなんですよ。その意味では、そもそも「努力か才能か?」って問いの立て方が無理筋とも言えるでしょうね。あと、エリクソン先生の著書の邦題「超一流になるのは才能か努力か?」も、だいぶミスリードですな。
ちなみに、“天才”の研究で有名な、カリフォルニア大学のサイモントン先生は、芸術、科学、リーダーシップの世界におけるエキスパートを調べたうえで、「生涯の生産性が最も高い人、最も高い地位にある人は、必要な専門知識を習得するのに必要な時間が短い」って傾向を報告しておられます(R)。あんま細かい要因に注目するのもめんどいので、「大きな成果を出したいなら、必要な専門知識をできるだけ速く習得するぞ!」と心がけてみるのもアリかもしれないですな。
まー、もしかしたら、研究が進むうちに「専門家になるならこの要素が最も大事だ!」みたいな結論が出る可能性もありますが、個人的には望み薄だろうと思っております。いまのところ、優れたエキスパートになれるかどうかを左右する要因は複雑すぎて、これといったものに絞り込めないもんですから。