このブログを検索




2025年2月に読んで良かった4冊の本と1本の漫画と1本の映画

 

月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2025年2月版です。今月読めた本は19冊で、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。

 

ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。

 

 

綿の帝国――グローバル資本主義はいかに生まれたか

綿産業の発達史を追うことで、資本主義の成立プロセスを描いて見せるぞ!という本。最初は「綿」ってテーマにまったく惹かれなかったんですけど、これを読んでいると「確かに『資本主義』と『綿』は切っても切り離せないんだなー」ってのがわかりまして、一気に興味を抱かされました。ホント、「綿は資本主義につれ、資本主義は綿につれ」ってぐらいのレベル。

 

で、5,000年におよぶ綿の歴史で描かれるのは、初期の資本主義がいかに血まみれだったかってことですね。今のグローバル資本主義ができるまでには、奴隷制あり、植民地支配あり、労働搾取ありって感じで、いかに出自の悪いシステムなのかってところがこれでもかと説明されて、割と中盤までぐったりさせられました。特にヨーロッパ人への当たりが強くて、いかに彼らが資本の力で暴力的なシステムを作って、いかに「邪悪」で「野蛮」な行為をしまくったかを繰り返し描写するんで、途中で「そこまで言わんでも……」みたいな気分にもなったりとか。

 

また、いかに過去が最悪だったからといって今の資本主義が悪いって話にはならないのは当然だし、この本は経済理論をほぼ参照せずに議論が進んでいくので、「それで資本主義について書ききろうとするのってムズくないか?」などと思っちゃうとこもありますね。そこはちょっと残念。

 

とはいえ、現代の資本主義は過去の奴隷制度なしには存在しない!って歴史は押さえておきたいし、「過去の労働者が戦ってくれたおかげで今がある!」って視点も持っとくのが吉でしょう。おすすめ。

 

 

 

ダークパターン 人を欺くデザインの手口と対策

デザインの世界で長年議論されてきた「ダークパターン」を解説した本。ダークパターンってのは、広告やECサイトでよく見られる「人を騙すようなデザイン」を指してまして、たとえば「当初は無料のフリして実際はサブスクが自動で続く商品」みたいなやつですな。

 

全体を通してリアルな事例を交えて解説しているのが面白く、たとえば、有名な格安航空会社ライアンエアは、国名を選ぶプルダウンの中に「保険は不要」って選択肢を隠してたんだそうな。うーん、あくどい。

 

そんな事例は「これ、あのウェブサイトで見たことある!」と思わされるものばかりで、私たちの日常が想像以上にダークパターンにさらされていることに気づかせてくれるのが、本書の一番の読みどころでしょう。

 

これらの事実を説明するために、本書は大きく三つのパートに分かれてまして、まず心理学や社会学の原理を紹介しつつ、人間がいかにして“騙されやすい”のかを詳説。これをもとに「こっそり加算」や「意図的な誤誘導」みたいな、ダークパターンの分類を提示し、最後にEUや米国の法規制の動きを取り上げてくれております。おかげでダークパターンの本質が体系立てて頭に入る構成になってるのがよいっすね。

 

まぁ欲を言えば、「具体的にどう改善すればダークパターンを回避できるのか」て例がもう少し豊富にあるとよかったかなーって感じではあります。第12章で「説得」と「操作」の違いに触れてるんだけど、もうちょい実践的なガイドラインが充実していると、さらに参考になるかなーと。

 

とはいえ、ダークパターンに関する豊富な事例や、心理学的メカニズムの解説はめっちゃ有益なんで、デザイナーやマーケターはもちろん、日常的にネットを使っているすべての人におすすめ。

 

 

センスメイキング――本当に重要なものを見極める力

問題解決には人文学的なアプローチが必要だ!と主張する本。いまのビジネス界はデータ主義が蔓延してるけど、それは方向指示器ぐらいに使うのが無難で、人間の直感や文化的理解のほうが大事だよねーってのは、それこそ直感的に共感しやすい話じゃないでしょうか。

 

そんな人文学を使った思考をするために本書が提示するポイントは、

 

  1. 人間を個人だけではなく文化的背景から捉えよう!
  2. 人間の行動を抽象的ではなく社会的文脈の中で理解しよう!
  3. 実際の世界を体験して没入しよう!

 

みたいな感じです。ぱっと見ると、ちょっと前に流行った「デザイン思考」に近いとこがありますが、著者は「デザイン思考はシリコンバレー発祥の表面的な理解だ!」と切り捨てた上で、IDEOなどが推奨するテクニックを、人間理解のアルゴリズム化に過ぎないと批判してるあたりが面白いっすね。

 

その代わりに本書では、人文学(文学・歴史・哲学・文化人類学)を活用したアプローチを主張しております。その傍証として、フォード社や投資家ジョージ・ソロスの事例を引き合いに出しつつ、

 

  • いかに「生の現実」をつかむか。
  • “リアル”の理解がどれだけ良い解決を生むか。

 

ってあたりを強調するあたりは、拙著「進化論マーケティング」に通じるところもあって楽しく読めました(あくまでエピソードトークなので証拠としては弱いんだけど)。

 

まぁ、人文学のメリットを強調する本ってのは、どうしても“実践”の部分が曖昧になっちゃうし、ところどころで引用されるT.S.エリオットやハイデガーなどの言葉も文脈を無視して使ってる印象があったりするんだけど、そこはささいな瑕疵でありましょう。データ分析だけでは見落としがちな「ヒューマニティ」を取り戻すための指南書として、オススメできる内容じゃないかと。

 

 

High Conflict よい対立 悪い対立

 

現代社会における対立を分析した本。ここでは、世の中で起きる対立を「よい対立」と「悪い対立」に分けてまして、

 

  • よい対立:変革を促し、建設的な議論を生み出す
  • 悪い対立: 敵対心が増幅し、解決が不可能になる「泥沼化した争い」につながる

 

みたいに定義した上で、世界の事例を使いながら「悪い対立」の本質を解明していく内容になっております。

 

ここで使われる事例は「ギャングの抗争」や「地域コミュニティの内紛」などで、それぞれの対立がどのようにエスカレートするのかを上手く描いていて、「これはどんな集団でもあるよなぁ……」とか思わされました。「ストーリーで読ませる系」のビジネス書が好きな人なら、確実にお楽しみいただけるでしょう。

 

でもって、いろんなエピソードを押さえたうえで、著者は「悪い対立」のサインを以下のようにまとめてます。

 

  • 「相手が理解不能に思える」 → 視点が狭くなっている
  • 「対立自体が目的になってしまう」 → 初期の問題は忘れられ、敵対だけが続く
  • 「二元論の罠にハマる」 → 「味方 vs 敵」の構図に固定される

 

いずれも納得の原因ですが、著者はここから対立を解消するための具体的なプランも提示してくれてまして、ビジネスや日常のコミュニケーション改善にも役立つアプローチが網羅されてて良い感じでした。自分自身が「対立の罠」にハマっていないかを見直すためにも一読して損なしじゃないでしょうか。

 

 

ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ

 

閉塞感にさいなまれる主人公が陰謀論にハマる話。「チ。」や「ひゃくえむ」の時から思ってましたが、魚豊さんが描くストーリーは、登場人物たちが「テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼ」をぶつけあいながら進むことが多いため、勝手に「弁証法エンタメ」などと呼んでおりました。

 

弁証法のダイナミズムを使って物語を進めるのって、決まるとかっこいいんだけど、逆に外すと目も当てられなくなりやすい諸刃の剣なんですが、本作は「陰謀論」をテーマにしたことで、作者が持つ「弁証法エンタメ」の資質が爆発。最後までドライブ感が続く秀作になってました。

 

さらには、「いろんな情報がつながった!」→「真実が分かった!」って状態の快楽を克明に描写しているあたりもナイス。サイエンスライターをやっていると、そのような状態になることは珍しくないので、「自分の頭の使い方は陰謀論者と近いところにあるんだなぁ……」って戒めになりましたねぇ。

 

ちなみに、実はわたくし、会社員時代に「陰謀論者」を取材したことがありまして、その時の経験で言うと、ここで描かれる光景はめっちゃリアルです。その時は、「ゴム人間」や「新世界秩序」を信じる方々の話を数時間ほど傾聴しただけでしたが、そこで見聞きした彼らの語り口や思考パターンは、ここで描かれる陰謀論サークルの様子にそっくりなんですよ。作者さんはどうやって取材したんだろう……。

 

 

 

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方

 

若き日のドナルド・トランプが、悪徳弁護士との出会いを通じて、いかに現在のような人物に変わったのかを描いた伝記ドラマ。

 

といっても、本作は単なる成り上がりのサクセスストーリーでもなければ、痛快なピカレスクロマンでもないので、ベタなエンタメとしての快楽は薄目。むしろ、圧倒的にマッチョな欲望に突き動かされる男の歩みを淡々と追いかけることで、その異様さを浮かび上がらせる作品になってまして、まずはそこにフレッシュさを感じました。

 

演出もキレキレで、70年代から80年代への移り変わりを映像の質感で表現するあたりも上手いし、クライマックスにトランプの脂肪吸引とハゲ治療シーンを持ってくるところとかもシビれるセンスですね。トランプを単なる悪役として描くのではなく、むしろソフトに見せている部分もあったりするんだけど、実際のエピソードをそのまま描くだけで、「過剰すぎる人」を主人公にしたダークなコメディになっちゃうのも面白いところですな。

 

ちなみに、海外の評価を見ると「思想も教養もないトランプ像を見事に活写!」といった意見が多かったりするんですが、「嫌いな人間をそうやって一面から断罪してキャッキャしてるから選挙に負けるのでは?」などとも思わされたりしました。そこらへんの受容のされ方も含めて、見ておくと吉な一本でしょう。


スポンサーリンク

スポンサーリンク

ホーム item

search

ABOUT

自分の写真
1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

INSTAGRAM