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「生理周期に合わせた筋トレ」は本当に意味があるのか?問題

 

ここ最近、フィットネス界隈で話題になっているのが「サイクルシンク・トレーニング」って考え方であります。とくにSNSやYouTubeなんかでは、「生理周期にあわせて運動内容を変えよう!」みたいなメッセージを見聞きすることが増えまして、

 

  • 月経期はストレッチ中心
  • 排卵期は筋トレで追い込む

 

みたいに、具体的なアドバイスを発信するインフルエンサーも多い印象であります。たしかに、「ホルモンの波が身体に影響する」ってのは直感的に理解しやすいんで、なんとなく納得感があるところです。

 

というわけで今回は、「サイクルシンク」について調べた最新のレビュー論文などをベースに、この問題を掘り下げていきたいと思います。

 

で、まず前提として押さえておきたいのが、「運動科学の研究は男性に偏りまくっていて、女性を対象にしたデータが少ない」という事実であります。これは性差別的な話というよりは、単純に「女性は生理周期の影響でデータにバラつきが出るから扱いづらい」といった事情が背景にあるんですよ。どのようなばらつきが出るのかといいますと、

 

  • 卵胞期:エストロゲンが上昇し、気分やパフォーマンスが上がる時期と言われる。
  • 排卵期:エストロゲンがピークを迎え、わずかに黄体ホルモン(プロゲステロン)が増えはじめる。
  • 黄体期:プロゲステロンが優位になり、気分や体温がやや不安定になることも。

 

みたいな感じです。こうしたホルモンの変動が、筋力や集中力、疲労感などに影響する可能性があるため、「研究のコントロールが難しい」ということで、女性が被験者から除外されることが少なくなかったわけですな。

 

ただし、そんな状況でも「生理周期に合わせてトレーニング内容を変えればいいんじゃない?」というアプローチを調べたものはいくつかありまして、良いメタ分析(R)が出ております。このレビューでは、過去のすべてのメタ分析とシステマティックレビューを対象に、以下の2つの点について評価した内容になっております。

 

  • 単発のトレーニングパフォーマンス(スクワットの挙上重量とか)
  • 長期的な筋力や筋肥大の変化

 

でもって、その結果はというと、

 

  • 特定の生理のフェーズで、パフォーマンスが著しく高くなったり低くなったりする傾向は見られなかった

 

  • 生理のフェーズによって筋力や筋肥大の効果に明確な差も見られなかった

 

だったそうです。うーん、ちょっと拍子抜けする内容ですね。

 

もちろん、過去にはサイクルシンクに効果があると結論づけた研究も一部にはあったんだけど、そうした研究の多くには、以下のような問題が指摘されておりました。

 

  • 生理周期の判定方法がアバウト:たとえば「体温が上がった=黄体期」と推測したり、「卵胞期は1〜14日、黄体期は15〜28日」と固定したり。個人差が大きいにもかかわらず、こうした単純な分類でフェーズを決めてしまうと、正確性に欠けるのは間違いない。

 

  • サンプルサイズが小さい:参加者が10〜20人しかいないような小規模な研究では、たまたま結果が出た「偽陽性」の可能性も捨てきれない。

 

という問題があるため、少なくとも現時点では「生理周期に合わせたトレーニングは科学的に有効」と言い切れるレベルには達していないってことですな。

 

となると、「ホルモンのバランスが違えば筋肉のつき方も違うはず」という仮説自体が間違っているようにも思っちゃいますが、実はこの点についても、上記のメタ分析を行ってくれたチームが、新たな実験(R)行ってくれています。この研究では、

 

  • 被験者の生理周期を数ヶ月追跡して正確に把握
  • 血液検査でホルモン量をモニターし、卵胞期と黄体期でのトレーニングタイミングを厳密に設定
  • 同じ筋トレを実施した後、6日間にわたって筋タンパク質合成を測定

 

という、かなりちゃんとした手法を取った上で、生理周期と筋トレの効果の違いを確かめております。その結果は、やはり上記のメタ分析と同じような感じでして、筋合成の量は卵胞期と黄体期でほとんど変わらなかったとのこと。つまり、「ホルモンバランスが違っても、筋肉のつき方にはあまり影響しない」可能性が高いってことですな。ちなみに、割とデザインが良い先行研究と比べてみても、全体的には「生理周期で筋合成に大きな差は出ない」という傾向が繰り返し示されつつありまして、個人的にもあんま気にしてもしょうがないポイントなのかなぁと思っているところです。

 

ここまでの話をまとめると、

 

  • 一般的には、生理周期に合わせてトレーニングを調整する必要はなさげ
  • ただし、個人差が非常に大きいため、自己観察は重要だと思われる
  • たとえば、ある人は「排卵期にパフォーマンスが爆上がりする」かもしれないし、別の人は「月経期でもふつうにハードトレーニングできる」ということもあり得るので、注意しておきたい

 

みたいになります。このあたりは、まさに「自分の身体と対話する」しかなくて、結局は経験と記録によってしか見えてこないってことになるんでしょうな。そのためにも、具体的には、

 

  • 毎日の気分、体調、トレーニング内容、睡眠の質などを簡単に記録しておく

 

  • 数ヶ月単位で「どのフェーズに自分は強いのか/弱いのか」を探る

 

  • 必要があればフェーズに応じて軽く調整する

 

といった「ゆるめの自己調整」を行うのが、いまのところ一番科学的かつ現実的な戦略だと思う次第です。どうぞよしなに。


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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