2024年3月に読んでおもしろかった5冊の本と、1本のドキュメンタリー
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2024年3月版です。今月は新刊の「コミュニケーション本」の作業がひと段落で、やっと人間らしい生活にもどれました。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を端から書いております(洋書は除く)。
「自信がない」という価値
「自信なんて必要ない!」という本。もともと「自信がない人は一流になれる」ってタイトルで出てた本ですが、新装版が出たので再読してみました。
本書については2014年にブログでも書いたとおりで、
- 自信がないほうがリスク評価が正確!
- 自信がないほうがモチベーションが上がる!
- 自信がないほうが実力は向上する!
といったあたりを具体的な研究と例を挙げて議論していて有用。原書が出たのはもう7年以上前ですが、それから新たな知見が出たわけでもなく、現在でも十分に通用する内容ですね。というか、相変わらず「根拠のない自信を持て!」みたいなアドバイスは、自己啓発の世界でよく耳にするので、ナルシスティックな自己啓発に対する優れた解毒剤としていまだ有用でしょう。
なかでも、「自信があるから成功するのではなく、能力が高い人が成功して自信がついただけ」って本書の中核テーマは、つねに頭の隅に置いておくと吉。そのうえで、自信がない人はどうすべきかも指南してくれるんだから、やっぱ良い本ですよね。
WEIRD「現代人」の奇妙な心理
『文化がヒトを進化させた』も面白かったジョセフ・ヘンリック先生が、「なぜ西洋人は今のメンタリティを持つにいたったか?」をまとめた本。現代の“主流”な価値観として、実力主義、代議制政府、信頼、革新、自制などを挙げたうえで、いずれも自明のように見えつつも、実はすべてが歴史や文化の移り変わりのなかで決まった特殊なものであることを、説得的に示してくれて勉強になりました。
その議論の根底にあるのは進化論で、生命が自然淘汰で適応の経路をたどるのと同じように、人間の文化も世代を超えて適応していくんだよーってメカニズムを提唱されてます。そこで扱われるトピックの広さも半端なくて、1000年から1500年にかけて、結婚と家族生活に対するキリスト教会の見解が「集団」のあり方を変化させたくだりなどは、「なるほどなぁ」って感じでした。
かなり長大な歴史をあつかっているんで、細かいとこの正当性はさっぱり判断できんのですが、ヘンリック先生がリスペクトする「銃・病原菌・鉄」よりも遙かに踏み込んだ内容になってるんじゃないでしょうか(立証が甘いと思われる個所には、ちゃんとエクスキューズもついてるし)。世界史、人類学、経済学、ゲーム理論、心理学、生物学などのデータを駆使して、あらゆる点で論旨を補強していく組み立て方もかっこ良すぎるでしょう。
まぁ西洋的な価値観の起源について書かれた本なのに、人種差別、帝国主義、環境破壊について、ほとんど何も語らないのはどうかとも思いますが、人類を大局的にとらえるビッグストーリーが好きな方には、お楽しみいただけるはずであります。
ノモレ
ペルー・アマゾンの森で生きる先住民「イゾラド」の出会いを描くノンフィクション。ペルーの村に現れた謎の先住民が村人を弓で殺傷!というショックシーンから始まるので、どれだけ昔の話かと思いきや2015年の事件でした。アマゾン凄すぎるやろ……。
その後、ペルー政府から調査の依頼を受けた男性の視点で話が進むんですが、いまも狩猟採集で暮らす先住民の感覚とのギャップが読みどころ。拙著「YOUR TIME」でも書いたような、「常に現在しかない」狩猟採集民に特有の時間感覚にはクラクラさせられますね。そんな独自の感覚世界につきあううちに、なにやら人智をを越えた時の流れみたいな感覚まで体感させてくれるんだから凄いもんです。まさに「リアル未知との遭遇」と申しますか。
本作には、先住民たちの内面を想像で語った散文パートもありまして、通常はこういう書き方っていやったらしくなるもんですが、なにせ著者が名著「ヤノマミ」を書いた人なので、説得力があってよろしいですね。
Science Fictions あなたが知らない科学の真実
科学における再現性の危機、その根本的な原因にする方法について書かれた本。
おそらく、この問題を追ってる人なら目新しい話は少ないはずで、私も全体の80%ぐらいはすでに知っているものではありました。また、後半で提示される解決策も、かなり楽観的ななので、「どうですかねぇ」って印象であります。
ただし、その語り口はわかりやすく、第1部では助成金のプロセス、データ収集、論文執筆、査読、出版、引用の仕組みを手際よく語り、第2部で有名なトラブルの詳細を記し、第3部では学問の世界におけるインセンティブ構造を説明し……って感じなんで、これを読めば、ブラックボックスになりがちなアカデミズムの理解が進む良い一冊です。学術的な不正を働いた者の動機まで明確に説明した本は少ないので、個人的には、ここが一番の読みどころでしたね。
まぁ、この問題に触れたことがない方が読むと、「科学なんてもう信用できない!」「これから何を頼りに生きればいいんだ……」みたいな気持ちになるでしょうが、アカデミアの現実をより明確に把握しといたほうが良いのは間違いないですからね。ここらへんの話を知っておくと、例えば「人工甘味料で癌に!」みたいな扇情的なニュースに接した後も、より心安らかにいられるでしょう(逆に言えば、ずっと猜疑心を持ち続ける必要があるんだけど)。
WRAPを始める!―精神科看護師とのWRAP入門【リカバリーのキーコンセプトと元気に役立つ道具箱編】
『WRAP』という自己管理プログラムの使い方を、利用者の体験談も合わせて解説する本。WRAPの考え方は、私が「超ストレス解消法」で書いた“コーピング・レパートリー”に近くて、自分を元気にしてくれそうなツールを事前に用意しておこうぜーって感じになります。
似たような発想はいくつもありますが、WRAPの場合は、メンタル改善のポイントを、
- 希望:自分が元気になれる希望があるかどうか。
- 主体性:自分の健康、自分の生活に責任を持てるかどうか。
- 学び:自分が元気に暮らすために適切な判断、選択をするたに学ぶ。
- 権利擁護:自分の権利を獲得するために大事なことを行う。
- サポート:自分にとって必要なサポートを考えて、それを得る。
って5つにまとめていて納得感がありました。WRAP自体の実証研究は決して多くないものの、この思想に共鳴できる人であれば、メンタル改善の効果を得られるはずであります。
本書の場合は、いきなり「利用者の体験談」から始まるので少しとまどいましたが、導入と実践をちゃんと解説してくれるし、実践している人の声も多く掲載されてるんで、この手の本にありがちな「理屈はわかったが実践しづらい!」って問題が少ないのが良いですね。困った時のメンタル改善ツールとして、知っておいて損はないでしょう。
ビヨンド・ユートピア 脱北
脱北を試みる家族の旅に密着したドキュメンタリー。これまで1000人以上の脱北者を支援してきた韓国のキム牧師が、幼児2人と老婆を含む5人家族を連れてベトナムとラオスを横断し、最終的にタイで自由になるまでを延々と撮影し続けていて、まずはこの内容を成立させただけで拍手っすね。その他にも、北朝鮮で隠し撮りされた庶民の生活や、処刑の映像が随所に織り込まれていて、これまたファウンド・フッテージ・ホラー映画を見るような恐怖感でありました。
なかでも、はじめて外の世界に触れた祖母と子供の反応が感動的で、はじめてのポップコーンをいぶかしんだり、薄型プラズマテレビを「きれいな黒板!」だと思い込んだりといった場面にはグッとくるものがありました。そんな北朝鮮にはない豊かさの存在を知った後でもなお、お婆ちゃんが平壌指導部への畏敬を語り続け、「金正恩様は若くして頑張ってるのに私たちは……」と自責の念を吐露するシーンは、滑稽さと恐ろしさと悲しさが同時に襲ってくる名シーンでした。
ちなみに、この手の作品としては珍しく、北朝鮮の歴史を基本から説明するシーンも盛り込まれているので、北朝鮮の入門編として見ることができるはず。幅広い層にオススメ。