“みんな自己中だし、世の中最悪”って思ってる人への処方箋をスタンフォードの先生が教えてくれる本を読んだ話#1
「シニカルな人たちへの希望(Hope for Cynics)」って本を読みました。著者のジャミール・ザキ先生はスタンフォード大学の心理学者で、人間の脳における共感と親切心について研究してる博士。日本だと「スタンフォード大学の共感の授業」で有名な先生っすね。
で、本書のテーマは「シニシズム」で、「人間なんて自己中な生き物だぜ」「世界は最悪の場所だぜ」みたいに、社会の風潮や規範など,あらゆる物事を冷笑的にながめる見方や態度を問題にしております。ザキ先生は親切心の権威なので、シニシズムがはびこる昨今の世界に対して、「人間の本質的な善良さを信じようぜ!」みたいな話を展開しておられます。希望が持てる本になってて、非常に良いですねぇ。
ってことで、本書で勉強になったところをピックアップしてみましょうー。
- 現代はシニシズム(人は概して利己的で信頼できないという考え方)が増加している。1972年には、アメリカ人の50パーセントが「人間は信頼できる」と考えていたのに、2018年には33パーセントに低下した。信頼を通貨と考えるなら、その急落ぶりは2008年の大不況における株式市場の下落に匹敵する。
- さらに、21世紀を通じて、ニュースは「嫌悪感」「恐怖」「怒り」といったネガティブな感情を伝えるケースが増えてきた。しかも、近年は歌もダークになってきており、1970年から2010年の間に、ポップソングで「愛」という言葉が使われる量が50パーセント減少した一方で、「憎悪」という言葉の使用は3倍に増加した。
- しかし、複数の研究により、シニカルな人は、そうでない人よりもうつ病になりやすく、飲酒量も多く、収入も少なく、短命であると報告している。また、シニシズムは公衆衛生上のリスクでもあり、研究によると、新型コロナが大流行した際に、シニシストほどワクチン接種を受ける可能性が低く、感染と死亡率も高い傾向が世界中で確認された。
- 心理学者のジェル・クリフトンは、48の職業から5,000人を対象に研究を行い、「世界は危険で競争的な場所だ!」と考える人々は、「世界は安全だ!」と考える人々と比べて、キャリアが成功せず、人生に満足していないことを報告した。
- シニシズムは環境によって学習される。ある経済学者が調査したブラジルの漁村では、海辺の村に済む住人は協調的でよく助け合っていたのに対し、湖畔の村に済む住人は疑い深く信頼関係が希薄な傾向が見られた。これは、海辺では生計を立てるために周囲と協力する必要があるのに対し、湖畔の村では個人作業がメインだったからだと考えられる。つまり、他人を信じられないのは、生まれ持った性格のせいだけではなく、これまでの環境や経験が大きく影響するのだと思われる。
現実の世界では、人間は信頼できる行動を取ることのほうが多い。バングラデシュのグラミン銀行は、30年以上にわたって資産を持たない人々にも融資を行ってきた。当初、この試みは絶対に失敗すると考えられたが、実際には顧客はお金を持って逃げることはなく、返済率は99%を維持している。これは米国の中小企業向けローンと同じレベルである。
また、FBI捜査官のロビン・ドリークは、捕獲した海外のスパイを「米国のために協力してくれ」と説得する任務に就いていた。同僚の多くは脅迫を使ってスパイに協力を要請していたが、ドリークはこの戦術に限界があることに気づき、友人のように敵国のスパイと話し、彼らを支援するために自分に何ができるかを心から尋ねる方向に切替えた。その結果、スパイが米国側に願え得る確率は格段に上がったため、真実と誠実さを使うのが最も効果的な手段だと確信するにいたった。これは研究でも裏付けられており、何も見返りを期待せずに他者を助ける人ほど、他者から信頼を得やすいことが分かっている。
2009年にトロント・スター紙が行った実験では、同社のスタッフが街中に20個の財布を落とし、どれぐらいが持ち主に戻ってくるかを検証。すると、20個のうち16個(80%)が返却された。 これは世界40カ国でも行われたが、やはり財布のほとんどが戻ってきた。返却率は、たいてい80パーセントだった。
- それでも多くの人がシニシズムに惹かれるのには3つの理由がある。
- 理由1 シニシズムは賢く見られやすい:シニシズムは世間を斜めに見るため、そうでない人よりも賢いと思われやすい。しかし、実際に認知テストを行うと、シニカルな人のほうが成績が悪いことが多く、シニカルでない人よりも他人の嘘を見抜くのが苦手だった。シニカルな人は「みんな信じられない!」という姿勢を取り続けるため、相手が実際にはどのような人なのかを学ぶ努力を怠ってしまうのが原因である。
- 理由2 シニカルなほうが得だと思いやすい:安易に他人を信頼すると、いつその人に裏切られるかわからないため、シニカルでいたほうが得だと思われやすい。しかし、実際には、シニカルな人は誰も信頼しないため、他者とのコラボレーションやコミュニティの機会を閉ざしてしまう。さらに、シニカルな人は、自分を傷つけた人々のことを永遠に覚えているため、さらに友人関係を削ってしまう。
- 理由3 シニシズムは道徳的だと思いやすい:一般に、楽観主義者は「現実を見ない人」と思われやすく、シニシストは「現実を見る人」と思われやすい。しかし、実際にはシニシズムは「この問題はどうしようもない」と思いがちなので、現状維持を選んでしまいやすい。これは権力者に利用されやすい資質だと言える。
- シニシズムに対抗する強力なツールのひとつは「懐疑主義」である。これは「根拠のない主張を信じようとしない」姿勢を意味しており、シニシズムと混同されがちですが、両者はまったく異なる。シニシズムは人々に対する信頼がない状態だが、懐疑主義は私たちの思い込みに対する信頼ない状態を意味する。シニシストは「人間はひどい存在」だという考え方を前提に置くが、懐疑主義者は信頼できる人々に関する情報を集めようとする。明確な前提がない代わりに、素早く学ぶことができる。
- これに加えて、ザキ博士は「希望的な懐疑主義」を提唱する。名前のとおり、希望を持ちながら他者を理解しようと試みる人のことで、ナイーブでもなく、冷笑的でもなく、現実的かつ前向きに人間関係や社会と関わっていくという特徴がある。
なかには「希望」を「現実を見ない状態」と見なす人もいるが、心理学者のリチャード・ラザルスは「希望を持つこととは、現在自分の生活には当てはまらないが、自分の人生にまだ適用されていない何かが、実現する可能性があると信じることである」と位置づけている。
つまり、ただの楽観主義は「状況は良くなるはずだ!」と根拠なく考えるのに対し、希望は根拠をもとに「良くなる可能性がある!」と考える。つまり、楽観主義は理想主義的だが、希望は現実的だと言える。
ってことで、いろいろ書いてたら長くなったので、今回はこのへんで。次回はこれらの知見をふまえて、博士が最も重要視する「希望的な懐疑主義」をもっと深堀りしてみましょうー。