2025年4月に読んで良かった5冊の本と1本の映画
月イチペースでやっております、「今月おもしろかった本」の2025年4月版です。相変わらず書籍作成で死んでまして今月は12冊ぐらいしか読めませんでしたが、そのなかから特に良かったものをピックアップしておきます。
ちなみに、ここで取り上げた以外の本や映画については、インスタグラムのほうでも紹介してますんで合わせてどうぞ。とりあえず、私が読んだ本と観た映画の感想を、ほぼ毎日なにかしら書いております(洋書は除く)。
痛み、人間のすべてにつながる
「痛みとは何か?」を深堀りする本。痛みってのは複雑な現象で、近年は「持続的な痛みは身体のダメージで起きるわけではない!」って考え方が主流になっているのはご存じのとおり。本書もその流れで痛みを捉えていて、「痛みがいかに脳によって作り出されるか?」「痛みがどのような社会的影響で発生するか?」を掘り下げていてタメになりました。 痛みが持続するときってのは、ほとんどの場合は脳が過保護になっていて、身体の損傷をうまく感知できなくなってるんだよねーって話ですな。
といっても難しい本ではなくて、痛みのメカニズムを説明するために持ち出される事例がいちいち面白いのがナイスなポイント。たとえば、
- 出産やマラソンのトレーニングなど、明確な目標や報酬があれば、人間は痛みにめっちゃ強くなる。逆に、脅威や危険を強く感じる状況では、痛みは増大する。
- 生まれつき痛みを感じられない人たちは、自分が気づいていない組織の損傷があるのではという不安にさいなまれ、常にびくびくしながら毎日を過ごしている。
- 抑うつ、不安、孤独も痛みを悪化させる働きがあり、合唱団、チームスポーツなどで痛みがやわらぐことも多い。
- 患者に注射をする時は、ちょっと考えないと答えられない質問(いちばんよかった旅行先はどこか?とか)をすると、痛みがやわらぐ。
といった「オモシロ痛みトリビア」が次々と出てきて、最後まで感心しながら読みました。
ちなみに、“痛みをやわらげる方法”についても充実していて、
- 認知行動療法(CBT)、マインドフルネス、ACT
- 医師の「言葉の使い方」(説明ひとつで痛みが変わる)
- VRによる気晴らし
- 合唱やチームスポーツといった「同期的な活動」
などがおすすめされておりました。ここらへんの知識は、しつこい肩こりや腰痛、関節痛などに悩まされている方は、絶対に押さえておきたい基礎知識でしょうな。かくいう私も、長らく腰の違和感に悩まされている人間なので、あらためて「脳の配線し直し」を意識しないとなーとか思いましたね。
絶望死のアメリカ: 資本主義がめざすべきもの
アメリカで増加している「絶望死」を分析した本。絶望死ってのは、未来への希望が持てないことによる自殺、薬物の過剰摂取、アルコール関連疾患などが引き起こした死の総称で、特に低学歴の白人労働者階級に広まってる問題なんだそうな。
ここ20年で大学の学位を持たない白人の絶望死の数が3.7倍に跳ね上がっているのに対し、学位保有者の死亡率は横ばいか減少傾向にあるあたりが切ない。中でも薬物死(特にオピオイド)が爆発的に増えていて、現在のアメリカの平均寿命は3年連続で低下中らしい。どえらいことになってますな。
その原因として、本書は経済的な困窮、社会的孤立、健康悪化といった要因を指摘しつつ、 特に学歴格差が生活の質に大きな影響を及ぼしている点を問題にしておられます。アメリカでは非エリート中年白人の怨嗟が凄いって話はよく聞きますが、たしかにこれだけ環境に違いが出たらやってられんですな。
というと、「日本も対岸の火事ではない」みたいな話になりがちなんだけど、本書を読む限りは「日本の医療制度がマシでよかった……」って感想がまず先に来ますね。医師が軽率に鎮痛薬を処方したり、FDAの承認制度がザルだったりとか、そもそも変な規制が入ってたりとか、いかにアメリカの医療制度が謎の設計になってるかがわかりました。日本なら月1万円のインスリンがアメリカじゃ月1,000ドルって、そりゃ絶望しますわ。
ただし、一方では、
- グローバル化・自動化による仕事の消失
- 家族・地域コミュニティの崩壊
- 富を下から上に配分する仕組みになってる問題
ってあたりは日本にも当てはまりそうでして、これから多少は似た未来をたどったりもするのかなーとか。ここで描かれる経済から「見捨てられた者たち」が、トランプの躍進につながったんだろうなぁってとこも含めて、たいへん勉強になりました。
リック・ルービンの創作術
伝説の音楽プロデューサーが、創造性を高めるための知恵をまとめた本。
序盤は割とふわっとした仏教の人生論みたいな話が多く、特定の創作技法を語ってくれるわけではないもんで、「このまま最後まで続いたら辛いなー」とか思ったんですけど、3分の1が過ぎたあたりから“使える”アドバイスが激増。「ヘッドフォンよりスピーカーで音楽を聴いてみろ!」「スランプを感じたら散歩に出かけろ!」「音楽なら、大きな音を小さく、小さな音を大きくしてみろ!」って感じで、音楽以外の仕事にも応用が効くアドバイスが連打されまして、大量の経験に裏付けられた“知恵”の数々にやられました。
といっても、有名なアーティストの創作エピソードや、名作アルバムの開発秘話みたいな話は書かれておらず、最後まで一定の抽象度を保っているのが本書のおもしろいところっすね。「もっと具体的な逸話を読みたい」と感じる人も多いでしょうが、個人的には「創作に行き詰まった時にパッと開いて、なんらかのインスピレーションを得る」みたいな使い方をするのが良いように思いました。あえて抽象度を高い書き方をして、まよったときに必要な言葉が見つかりやすいようにしたんじゃないかと。
自分にやさしくする生き方
メンタルケアに関する良い本を多数出している伊藤先生が、「自分自身をいたわる方法」を教えてくれる本。セルフコンパッションをさらっと教えてくれる本かと思いきや、「スキーマ療法」を1人でもできるレベルまで噛み砕きまくっていて、簡単に読めつつも実はすごいことをしている野心的な一冊でありました。スキーマ療法って、本気で取り組もうとすると大変なので、これぐらい平易にポイントを教えてくれるのはありがたいですな。
個人的に良かったのは、このタイプのセラピーの「小っ恥ずかしさ」をちゃんと描いてくれてるところですね。スキーマ療法ってのは、自分の中にいる「チャイルド」と「ヘルシーさん」に対話させたりするんだけど、やってるうちに「こんなんやってて本当に大丈夫か?」「こんなもんが本当に効くのか?」って気分になりがちなんすよね。
その点で本書は、著者が実践している内容をつまびらかに明かしてくれてるんで、「おお!プロも本当にこういうやり方をしてるんだ!」って安心感を与えてくれるのが良いですな。ここらへんがちゃんと書かれた本って意外となかったと思うので、スキーマ療法の入門書として非常によろしいのではないでしょうか。
地図と拳
架空の満州の村の興亡を、日露戦争から終戦までの半世紀にわたって描く本。そこに関わった人たちを描く群像劇なんだけど、時代を作った英雄にはフォーカスせず、変化の波に揉まれて負け犬っぽく生きる人たちの人生が交わるうちに、なんとなく戦闘と歴史が立ち上がってくる様子を丁寧に追いかけているのが良いですねぇ。
特に派手な展開はないんだけど、気功で銃弾に負けない肉体を手に入れた男、存在しない島の謎、戦時下の大泥棒の話とか、戦時中のリアルな描写を交えつつも、途中でマジックリアリズム的な大嘘をぶち込んでくるので、最後まで楽しく読めました。戦争ベースの『百年の孤独』ですな。
そんなストーリーを追ううちに、国家、歴史、文化、戦争みたいなもんが、割と抽象度が高めに浮かび上がってくるあたりが読みどころ。「戦争はヒドい!残酷だ!」ってとこで終わるんじゃなくて、「いろんなものが虚構だよなぁ」とか「歴史は平凡な人生の絡み合いだなぁ」みたいな畏敬の念が沸いてくる、良い読書でありました。
ウィキッド ふたりの魔女
わたくし劇団四季の舞台版を2回ほど見てまして、その時の印象は、「つめこみすぎじゃない?」というものでした。なにせひとつの話の中に、女の友情、家族との確執、ラブコメ、人種差別、民族の浄化問題、権威への革命闘争みたいなテーマを混ぜ込んでるんで、シーンごとのテンポが速すぎて、キャラの感情の流れがうまくわからんとこが多かったんですよね。
そのため、「自分はウィキッドには向いてないのかも……」とか思ってたんですが、いざ本作を見てみたらまさかの号泣。主役2人の和解に泣き、オズに認められて喜ぶ主人公に泣き、孤独を覚悟して大義に立つ主人公に泣き……と、各シーンで感情のツボをつかれて参りました。
が、それもそのはずで、
- 舞台版が1幕と2幕を合わせて2時間40分だったのが、映画版では1幕だけで2時間40分も使っており、よくわからなかった点がちゃんと補強されている。しかも、全体としては「女の友情」にフォーカスした作りになってて見やすい。主演2人のパフォーマンスも凄く、特にアリアナ・グランデは、あんなに難しい役をよくやったなぁ……。
- 今回はじめて英語で歌を聞いてみたところ、歌詞がめっちゃ良い。特に「Defying Gravity」については、日本語版では「自由を手に入れたぞ!やったー!」みたいな印象だったのが、英語版を聞いたら「誰から批難されても自分を貫くぞ!かかってこいや!」という宣戦布告の側面が強いため、より主人公の覚悟が感じられて泣かされてしまった。日本語だとどうしても情報量が少なくなるんで、ここらへんは仕方ないですが。
ってのがありまして、映画版のおかげでようやく「ウィキッド」の魅力に気づかせていただいた次第です。
なにせ長いのでミュージカルが苦手な方にはおすすめしづらいですが、それ以外のエンタメ好きには抜群のオススメ。直近で「笑って泣ける娯楽作が見たい!」と思ったなら、とりあえずこれでしょう。