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運動後のツラさは乳酸のせいじゃなくて錯覚だった? 脳と筋肉の意外な関係

 
 

全力ダッシュや辛い筋トレのあとで脚がパンパンに張って「うわ!乳酸たまった!」みたいに思ったことがある人は多いでしょう。「乳酸」といえば運動後の筋肉の痛みや重だるさの元凶とされてまして、「疲労物質」みたいなイメージが強かったんですよね。

 

が、実はこの認識は近ごろだいぶ覆されつつありまして、むしろ「乳酸は味方だ!」って見方が主流になりつつあるんですよね。このテーマについて、最近「乳酸の誤解」についてまとめた良い総説(R)が出てましたんで、これをもとに乳酸をトレーニングに活かすための実践的アドバイスをまとめてみましょう。

 

まず、前提として押さえておきたいのは、私たちの体の中に「乳酸」は存在しないってところです。正確には、運動中に体内で生じるのは「ラクテート(乳酸イオン)」と「水素イオン(H⁺)」のセットでして、この2つは、見た目こそ似ていますが、性質も働きもまったく異なるんですね。つまり、「乳酸で疲れる!」みたいな話は、スタート地点からちょっとしたズレが生じてるわけです。

 

では、なぜ「乳酸=疲労物質」みたいな誤解が広まったのかと言いますと、はじまりは1800年代初頭のこと。スウェーデンの化学者ベルセリウスが、狩猟されたシカの筋肉から大量の乳酸を検出したところから、「激しい運動=乳酸の発生」という考えが広まったんですな。

 

さらに、その後、ケンブリッジ大学の生理学者たちが、カエルの脚に電気刺激を与えて動かし、

 

  • 酸素が少ないときに乳酸(ラクテート)が増える
  • 酸素を補給すると減る

 

といった現象を観察したことで、「酸素不足→乳酸発生→筋肉が動かなくなる」というモデルが定着したんですが、ここにはいくつかの問題点があったわけです。

 

というのも、近年の研究では、以下の事実が明らかになってきたからであります。

 

1. ラクテートはエネルギー源である:まず、ラクテートは単なるゴミではなく、むしろ体のなかで再利用される大切な燃料だってことがわかってきたんですな。特に持久系のトレーニングを積んだアスリートでは、ラクテートを素早く回収して再びエネルギーに変える能力が高まったりしてまして、トップレベルのマラソンランナーやトライアスリートは、ラクテートクリアランス(除去速度)が驚くほど速いんだそうな。

 

2. 酸素不足じゃなくてもラクテートは出る:「無酸素状態になったからラクテートが発生する」って考え方が昔からあるんですが、実際には、酸素が十分にあっても、エネルギー供給スピードが足りないときにラクテート回路が稼働することもわかっております。たとえば、100mダッシュやウェイトリフティングみたいな一瞬のあいだに爆発的な動作をするような運動では、酸素供給が間に合わないので、素早くエネルギーを作るためにラクテート経路が動くわけです。

 

で、こうなると「じゃあ、あのツラさの正体は何?」って疑問がわきますが、いま有力とされている説は以下のようになっております。

 

  1. 激しい運動で水素イオン(H⁺)が増える
  2. 筋肉内のpHが低下する(酸性化)
  3. 酸性環境で筋収縮に必要な酵素やカルシウムチャンネルがうまく働かなくなる
  4. さらに、カリウムやリン酸の蓄積も収縮効率を落とす

 

ということで、シンプルな答えはなくて、いろんな代謝産物のカクテルが、じわじわと筋肉の機能を低下させていく感じっすね。

 

さらに興味深いポイントとして、あの「燃えるようなツラさ」は、単なる筋肉の問題だけではない可能性も指摘されてたりします。たとえば、

 

  • 血液の酸性化により、酸素運搬能力が低下
  • 脳への酸素供給が減少
  • 中枢神経が「これ以上やるとヤバい!」と警報を発する

 

というプロセスが働いている可能性があるんですね。要するに、代謝物の問題だけじゃなくて、危機を感じた脳が暴れてる可能性も高いってことですな。

 

実際、ボート選手を対象にした実験では、オールアウトするレベルの運動をした後に、血中酸素飽和度が97.5%→89.0%に低下したってデータもあるんですよ。このレベルの酸素低下は、脳機能にもそれなりにインパクトがあるでしょうからね。つまり、あの「運動による燃えるような感覚」は、身体の警告システムが作り出した錯覚も大きいわけです。

 

では、この知見をふまえて、トレーニングにどう活かせるか? ってとこが気になりますが、ポイントをまとめると、こんな感じになります。

 

  1.  乳酸は恐れなくてOK!:ラクテートはエネルギー回収をサポートしてくれているので、「あ、乳酸たまってきた!」と思ったときこそ、「今、体がちゃんと働いてる!」とポジティブにとらえるほうがベター。

  2. 水素イオン対策には「酸バッファー」:水素イオンの影響を減らすためには、重炭酸ナトリウム(いわゆる「ベーキングソーダ」)とβ-アラニン(カルノシン合成を促進)といったサプリが有効。ただし、これらは副作用もあるので、使用する場合は慎重に(特にベーキングソーダは胃腸への悪影響が怖い)。

  3. 「燃えるツラさ」は限界じゃない:肉体にツラさを感じたとしても、それは必ずしも筋肉が完全に限界なわけではなし。むしろ、脳が「危ないよー」とブレーキをかけているだけかもしれないので、ここで自分をうまくだませれば、あとひと押しできることもあるでしょう。もちろん、痛みやケガのサインは別問題なんで無理は禁物ですが、それ以外のケースでは脳のブレーキを外してみるのも良いっすね。

 

というわけで、あらためてまとめると、

 

  • ラクテートはエネルギー回収に役立つ「味方」である。

  • 水素イオンやカリウムの蓄積がパフォーマンス低下の主因である。

  • 「乳酸の燃えるようなツラさ」は脳が発する警報のようなものである。
  • ツラさはある程度は乗り越えられる!

 

みたいな感じっすね。なので、これからは運動でツラさを感じても、「今こそ、ラクテートの力を借りて踏ん張るタイミングだ!」と思ってみると、さらにトレーニングがはかどるかもしれません。どうぞよしなにー。

 


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1976年生まれ。サイエンスジャーナリストをたしなんでおります。主な著作は「最高の体調」「科学的な適職」「不老長寿メソッド」「無(最高の状態)」など。「パレオチャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/paleo)「パレオな商品開発室」(http://cores-ec.site/paleo/)もやってます。さらに詳しいプロフィールは、以下のリンクからどうぞ。

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